レジメ アゴタ・クリストフ『悪童日記』
   
      報告 川地元康 
       平成30年3月12日(月)

【著者紹介】 

アゴタ・クリストフ(1935~2011)ハンガリー出身の作家。1956ハンガリー動乱でオーストリアへ脱出し、スイスへ亡命。逃亡先でフランス語で執筆。

1935現ジェーモンジョン、ジョブロン県ショコローアイヤ郡、現テート郡チクビァーンド村に生まれる。父小学校の教諭。9歳でバシュ県ケーセグ市に転居。父は政治犯として逮捕される。ケーセグ市は女学校が無かったので、ソンバトヘイ市の寄宿生高等学校へ進む。高校時代作詞を始める。卒業後歴史の教師と結婚。21歳ハンガリー動乱のため、夫と4か月の娘を連れオーストリアからスイスへ、ヌーシャラルに移住。時計工場、店員,歯科助士などする。ハンガリー語文芸新聞ハンガリー工房で詩を発表も出版はされず。生計のため、フラス語で作品を発表。1986悪童日記をフランス語で発表。世界40以上の言語に訳され世界的作家になる。2011スイスヌーシャラルで死去。

 

【作品】

1986 悪童日記 
1988 二人の証拠 
1991 第三の嘘 
1995 昨日 
1994 怪物-アゴタ・クリストフ戯曲集
1995 伝染病-アゴタ・クリストフ戯曲集 
2006 アゴタ・クリストフ自伝など

 【受賞】
2008 オーストリア国家賞 
2011 ハンガリー・コシュート賞

 

【あらすじ】

 戦時下ハンガリーと思われる国で、大きな町から小さな町へ、食料が亡くなり母に連れられ、双子の兄弟が祖母の家に預けられる、祖母は子供でも容赦なく働かなければ食事を与えなかった。双子は農作業を覚え食事にありつく、唯一の本聖書で読み書きを覚え、互いに肉体的精神的に鍛練をした。盗みやゆすりもし、間借りしている性倒錯者の将校に助けられたり、隣の兎口の女を助けたり、困難な状況を生き延びる。解放軍が来て占領される。終戦まじかに母が来て、亡命しようとするも双子は拒否する。その時、母は赤ちゃんと共に爆死する。双子は学校へ行くことも拒否する。祖母が脳溢血で倒れた時、彼女の望みを聞いて、毒を飲ます。父が現れ、亡命しようとするのを助けるも爆死する。父の死を利用して、一人は国境を超え、もう一人は祖母の家で住み続ける。

【報告者の感想】川地元康

双子の少年がおばあさんの所に疎開し、戦争で荒んだ世相、個性の強い祖母、貧しい暮らしの中を、自分たち自身で生き残るため、体や精神を鍛え、仕事を覚え、母への未練を立ち、無駄な喜怒哀楽もそぎ落とし、真実だけを見つめ、生き抜こうとする作戦に感心しました。

合理的で愛情、憎しみなどに惑わされず、逞しく生きていく事に集中している彼らが、隣の母子の苦境には救いの手を差し伸べたのはなぜか、むしろ生残るには不利なのでは、と思いました。

脱走兵を助けたこととか、ユダヤの人々を愚弄した司祭の女中さんを殺そうとしたのは、彼らが教科書とした聖書の教えがいつの間に心の中に沁み込んだからなのでしょうか。

物語はむしろ聖書の精神に背くことが一杯出て来ます。殺人、盗み、強姦、ゆすり、自殺、不道徳な性行為など。特に異常な性愛、獣姦、同性愛、少年への性愛,サディズム、愛情など無い性行為が、生き生と生きて行く上で必要なのだと作者は考えているような気がします。

女性の作者ならではの、女性の男と同じような強い性欲の描写にびっくりしましたが、たぶん男も女も性欲は同じぐらい強いのだと思いました。

戦争の悲惨さが一杯出て来ます。男は死んでも、負傷しても、生きて帰っても英雄、だから戦争は男が起こし、女には山ほどの仕事、子供の世話、怪我人の世話、気苦労を引き受けなければ成らないと、女性にとっての戦争の理不尽さが言い表されていました。

ユダヤの人たちが受けた悲惨な運命、勝った軍隊よる略奪強姦、戦争で身体機能を失った人など出て来ますが、単なる反戦の小説だけでなく、聖書の価値観への疑問が書かれている気がしました。でも弱いものに対する優しさだけが、価値あるものと訴えているような気がしました。

私は友達がいませんが、56年の時友人が一人だけいました。その時はいじめも無くなり、勇気が出て色んな悪いことを一杯しました。二人でいると強くなれると共に、ずる賢くなれると思いました。

作者が双子の主人公にしたのが、とてもよく考えられていると思いました。そのころの乞食のような二人づれに、いろんな人から情けを受けた記憶があります。

小説は人のおぞましさ、やさしさ、気高さが一杯出て来ます。人が単純ではなく、愛の部分と冷血の部分を合わせ持つことが描いて有りました。

おばあさんは意地悪で、ケチで強欲でも、孫を彼女なりに愛しているのが感じられます。命に係わる大事なことは、ちゃんと子供たちに注意することからわかりました。

最後は、お互いに必要とされ、必要とする掛け替えのない愛情で結ばれたのが、読み取れました。おばあさんは子供たちに迷惑をかけないよう、財産を残し死んでく覚悟を決めたことに、愛情の深さを感じました。お爺さんを殺し、ユダヤのお嬢さんを殺そうとしたおばあさんが、孫を心から愛したのに感動しました。作者の物語りを作る力量を感じました。こうした人間の不思議さを、見事に描いて有りました。

隣の母娘の最後は、哀れで悲しい物語です。愛されない娘さんは歓喜の中で亡くなったと信じたいです。お母さんの子を失った今後の苦しみ、悲しみ、孤独と希望の無さを思うと、殺してあげたことは許されると考えたいですね。ここも聖書に逆らい、自殺も許されると主張しているみたいです。

ソ連に占領され、生きる術を失い、逃亡する父を非常に危険なのを知りながら、逃亡をさせたことの冷静さ、父の死を利用して自分の脱出に利用する冷静さ、これは私情を殺す鍛錬の賜物なのでしょうか。でも父の希望でもあった、一人一人独立した個性として、生きてほしいとの父の思いを成就させ、大人として生きる旅立ちとする、切っ掛けにした気がしました。

作者は人間を良く知っており、優しい愛の面と信じられないほどの残忍さも持っていることを知っており、こうした二面性を冷静に見つめ、自分の生きる道を見つけ、逞しく生き抜いてほしいとの思いが込められていると思いました。

小説の後ろにキリスト教があり、その価値観に疑問の目を向けている気がしました。特に戦争のような困難な時代では、生き残ることを優先し、ずるがしく逞しく冷静に、乗り切るべきだと主張している気がしました。


【みんなの感想】 清水悦子記

*いつも「ぼくら」と書いている。冷静すぎる。ぼくらは生き延びるためにたえず生きることを考える。不気味。国境で一人は去るが、もうひとりはなぜ戻ったのか。わからない。暴力、性描写、マゾなどあり、生々しい表現。作者が女性であることに驚く。ハンガリー、ロシア、民衆の荒廃ぶりが描かれている。

*作者が女性ということを知った。戦争は人間が生きることにたくましい。描写がすさまじい。戦争の犠牲になるのは国民。読むのが苦痛、暗い。明るい、最後がハッピーになる小説がないか。

*人間の醜さを出し切っている。賢い二人がこのように賢く生きていくのだ。日本人よりグロテスク。戦争は敗けるとどの国でも悲惨。戦争は無駄。最後、ひとりになるところがわからない。

*翻訳物だったが予想外に読みやすい。人物名が出てこないがこのように小説は書けるのだ。双子が自分たちの力で生きる、断食の練習、殴り合いなど。その時代が大変とわかる。日々の生活から学んでいる。意外に面白い。作者の狙いは何か。新しい世界の名作文学。現代の10大名作文学に入るか。この続きがあるのか。暗いのでハッピーエンドの作品を読みたい。

*事実が淡々と書いてある。場面の転換が早い。暗いけれど興味を引かれるところがある。感情が書いてない。いろいろな解釈がある。無駄な喜怒哀楽を削ぎ落としている。戦争中なのにお婆さんは食料をいっぱい持っているのはなぜか。食料があるのになぜ小柄か。ラストに突然離れ離れになるが続きがあるのか。

*ベストセラーになったことを知っていたが、その時は読まずに、映画を見てから読んだ。センテンスが短く翻訳がうまく読みやすい。情緒を排してリアル、子どもたちがしたたか。自分たちの力で生きていこうとする。国が占領され、自分たちの力で反撃したことを書いたと思う。大江健三郎と同じ1935年生まれ。大江の「芽むしり仔撃ち」と似ている。ふたりとも戦争を体験したせいか。自伝「文盲」、続編「二人の証拠」を読んだ。そこでも衝撃のラスト。最後でひとりが戻ったのは、父を犠牲にしてひとりしか脱出できないから。映画ではお婆さんは肥った大女。

★ハッピーな気持ちにさせる小説として、朝井まかて作「福袋」の「晴れ湯」、西條奈加作「銀杏手ならい」、「まるまるの毬」の紹介がありました。