三浦しをん「舟を編む」 解題 (27年9月14日) 若林 孝之

【あらすじ】

 大手総合出版社「玄武書房」が新しい辞書を作ろうとしていた。辞書編集部荒木公平の後任探しが始まる。第一営業部員の変わり者、馬締光也が「右」の定義を問う試問に合格する。「言葉の海を渡る」と言う意味で、新しい辞書の名前は「大渡海」。海を渡る舟を編む大事業の担当者が行きつけの中華料理店「七宝園」に勢ぞろいする。顧問の松本先生は辞書作りがライフワーク、用例採集カードを片時も手放さない。定年まで勤務する荒木は辞書作り一筋37年。西岡正志は一見軽薄そうな営業マンタイプ。40台前半の佐々木は無愛想ながら、実務能力の高い女性。ただしパート上がりの契約社員。

 まじめの下宿する早雲荘の主人タケおばあさんは、一部屋分の家賃で、まじめの本の侵入を許し,1階全体を明け渡す。窓を開けると必ず挨拶にやってくる猫のトラさん。物干し台でのタケおばあさんの孫娘、林香具矢との出会い。

 翌日辞書で「恋愛」の項に見入るところを西岡に見咎められ、白状。かぐやの板前修業中の店「梅の実」へ一同で出かける。西岡との鞘当を期待して松本先生は「こころ」に言及する。「大渡海」編纂中止の噂が流れて、執筆依頼を早めて対処。まじめとかぐやは後楽園へ行きメリーゴーランドに3回と観覧車。「俺の気持ちです」と恋文を渡すまじめ。彼の部屋を訪れるかぐや。濡れたように青く光って見つめてくる香具矢の目はこのうえなく美しかった。二人は結婚へ。

 西岡にはテニスサークルでの後輩、腐れ縁と称する彼女、三好麗美。美人ではないが異性・同性の両方から好意を抱かれるタイプ。

 見出し語の用例が妥当か否か、学生アルバイト20人ほどを採用。言葉の採用と削除への検討。すべてをかけて辞書を作ろうとする人たちを渾身の力でサポートしょうと西岡も決意。しかし彼は転出し、かげながらの協力者となる。岸辺みどりが新たに配属。あけぼの製紙の宮本慎一郎との交際が順調。彼には用紙のぬめり感を実現することが求められている。夫人を亡くして、時間の出来た荒木は嘱託として復帰。みどりは西岡に教示されて隠されていたまじめの恋文を読む。「血潮」の脱落が判明し、泊り込みのチエック作業が始まる。松本先生食道癌で入院。二月半ば死去。

 三月下旬完成祝賀パーティ。辞書のあとがきに自分の名を見つける西岡。まじめの配慮である。完成が先生の生存中に間に合わなかったことを悔やむまじめに荒木は松本先生からの手紙を見せる。「大渡海が言葉という宝をたたえた大海原をゆく姿がまざまざと見えます。荒木君一つだけ訂正します。わたしは以前きみのような編集者とは、もう二度と出会えないと言いました。あれは間違いだった。きみが連れてきてくれたまじめさんのおかげで、わたしは再び、辞書の道に邁進することができたのです。あなたたちのおかげでわたしの生はこのうえなく充実したものになりました」読み終えたまじめは思う。先生のすべてが失われたわけではない。言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心の中に残った。俺たちは舟を編んだ.。太古から未来へ綿々とつながる人の魂を乗せ、豊饒なる言葉の大海をゆく舟を。感慨にふけるまじめに荒木の言葉が響く。「まじめ君明日から改訂作業をはじめるぞ」

【三浦しをん】(実名)

1976年(昭和51年)東京都生まれ。2000年「格闘する者に○」でデビュー。

2006年「まほろ駅前多田便利軒」で直木賞受賞。12年に「舟を編む」で本屋大賞。ほかに「風が強く吹いている」

「仏果を得ず」「小暮荘物語」

「きみはポラリス」「月魚」「光」

「天国旅行」「私が語り始めた彼は」

「秘密の花園」「人生激場」

「夢のような幸福」

「乙女なげやり」「神去なあなあ日常」

「星間商事株式会社社史編纂室」

「あの家に暮す四人の女」エッセイに

「悶絶スパイラル」「あやつられ文楽鑑賞」

「ふむふむ おしえて お仕事!」

「しをんのしおり」「三四郎はそれから門を出た」など著作多数。

 (「しをん」は実名「女性ゆえ花の紫苑か? しおんなら「四恩」)

  主 題 (テーマThema独 theme英)作品の中心となる思想内容

       辞書の持っている意義 それにのめりこむ熱情と完成への努力、根底にある知識、教養

  動 機 (モチーフmotif仏motive英)表現の中心的な動機

       辞書(言葉)への限りない愛情そして 家族・同志間を支える愛と優しさ

【この作品で感じたこと】 

 @ 登場人物等の名前  馬締 性格を表す  香具矢 容貌を表す

                麗美(名は体を表さず)

       玄武書房   玄武 青龍 朱雀 白虎と共に天の四方をつかさどる

               四神の一つ 玄は北方に配し水の神 舟(辞書)との関連

               (青春 朱夏 白秋 玄冬との対比)

 A 同音異義語homonym   冨士見西行 不死身西行 

 B 擬音語onomatopoeiaの活用オノマトペア オノマトペ

    日本語の特色のひとつ 但しこの作品に現れるのは、感動詞か。「ぶほっ」

    「うひょっぐ」「ぷあーか」等。

 C 漱石への関心

 D 調査・応用能力

 E 手紙の活用  真情の吐露として 効果大

 F 詩情とユーモア   詩情チョッピリ 滑稽タップリ

 G 会話多用 人物像を浮き彫り

 H 馬締 荒木 松本先生へ親近感 小学生時より辞書好きであったから

 I 語り手の移動 作者以外に 荒木 馬締 西岡 岸辺の視点


【関連図書】

 「辞書を編む」 飯間浩明 光文社新書

  編集方針 用例採集 取捨選択語釈 手入れ これからの国語辞典

 「辞書をよむ」 今野真二 平凡社新書

 現代の国語辞書 位置する和名類聚抄」

 「色葉字類抄」 「節用集」 「日葡辞書」 「和訓栞」 「雅言集覧」 「俚言集覧」
 
 「日本国語大辞典」 「明治時代の辞書」 「古辞書の初めに」

 「広辞苑を読む」 柳瀬尚紀 文春新書

 「辞書を語る」 岩波新書編集部

 「辞書の果たす役割」「辞書とつきあう」「辞書あれこれ」「世界の辞書」

 「辞書のある生活」

 「辞書はジョイスフル」柳瀬尚紀 新潮文庫

 「この世に辞書のあるかぎり」 「ことばの回路を八艘飛び」

 「 血のかよった訳 語をもとめて」 「 翻訳やっぱり困り話」 「 辞書の百貨店」

 「漢字の海に遊ぶ」 「電子辞書縦横無尽」

             以 上



【みんなの感想】       記録 伊藤 いち子


・幸せな読後感でした。同僚たちとのチームワーク、言葉を大切にといった内容がとてもうれしかった。

・辞書の紙質にまでこだわるということに驚いた。自宅にある辞書の何冊かのページを繰ってみたが、それぞれに厚さ薄さ、ざらつき他違いはわかるが、ぬめり感というのはよくわからなった。映画で見たほうがわかりやすい。

・まじめな人間ばかりの中にちょっと毛色の変わっている西岡の存在がよかった。完成した辞書の中に彼の名前が載っていることが良いと思った。

・文庫版に「馬締のラブレター」を書き下ろしで載せたので売り上げが伸びたとか。メンバーの中にはこんなラブレターをもらったら解読不可能で重すぎるからいらないという人もいた。

・言葉そのものに対する関心と描写がすごい

・感動した。辞書が完成するあたりでは自分もかかわっているような気になって一緒に喜びをわかちあいたくなった。それにしても、辞書を作るというのは、こんなにも労力がかかるものだということが良くわかった。

・西岡が馬締に嫉妬心を感じているところが面白い。馬締のように一つのことに邁進できるのは馬鹿か天才かといったところ。
・最後みんなが幸せに包まれているので、自分まで幸せになれました。

・今まで読書会でいろいろな本を読んできたが、今回のこの本が一番面白かった。

・川地さん、岡本さんの感想は省略してあります。


【わたしの感想】         川地 元康

辞書つくりについて

 辞書を作る事がこんなに大変だとは思いませんでした、編集者の寝食を忘れた努力と、たくさんの学者、専門家、学生さん、製紙会社、印刷会社、が協力し長い年月を掛けて作られる事を知りました。何気なく辞書を引いていましたが、たくさんの人の努力が詰まっていると思うと、粗末に扱えなくなりました。

馬締さんについて

 どう見ても営業に合いそうもない馬締さん、辞書編集部に移動し、一つの事に集中できる彼には天職ですね、良かったですね、会社に取ってもメリットが大きいと思います。人と話すことが苦手で職人気質で目立たない彼のような人が、配偶者が見つけられなく、長く独身の人が会社にはよく居ます。優しく、仕事熱心で、気弱ですが、良く見れば良い所が有るのですが、女性には人気が無いようです。
 私も女性と話すのが苦手で、長い間独身でした。何故か、妻は気に入って、しかも女性からモーションをかけてくれました。だから今の妻に感謝しています。女性の皆さん、不倫の愛に苦しむより、隠れた目立たない人にも目を向け、しかも積極的に話かけてほしいです。
 馬締さんも、最初のきっかけは香具矢さんでしたね。でも、恋文を書きその真筆な気持ちを伝えた勇気を偉いと思いました。二人は結ばれ、彼は理解ある彼女に支えられ、辞書作りに全力を発揮できましたね。彼女も料理に邁進しながら感じる虚しさから解放された気がします。

岸部みどりさんについて

 岸部みどりさん、華やかな雑誌の編集部から島流しのように、地味な辞書の製作に代わり、寂しさ、焦り、不安で苦悩する姿がサラリーマンならだれでも経験があります。前の職場で、役に立たなかったのか、左遷ではないのか、新しい仕事が出来るのかの不安に駆られます。でも誰でも、人に馴れ、仕事に馴れていくうちに、次第に仕事に夢中になってくところが、うまく描かれていますね。彼女が入って若い女性の目で辞書を見られる事と彼女がファッションに詳しいことで、新しい辞書は魅力的な物になりそうでよかったですね。会社の人事部の人選が良かったと思いました。

西岡さんについて

 西岡さんは、荒木さんの評価はあまり良いとは言えませんが、人とつながりを持つ能力、情報収集能力は素晴らしく、会社は彼をうまく配置すれば素晴らしい仕事をしそうです。取引相手の人、同僚や部下とも親しく話をして、相手の人の人となりを調べ、欠点や弱点まで調べられるのは見事と思います。絶対に対人関係の仕事を任せれば、実力を発揮しそうです。辞書が無事完成したのは、彼の影の力が大きいと思います。落ち込むみどりさんに元気を与えたのは彼ですし、馬蹄さんは、彼の実力を誰よりも認めていたようです。困ると彼にアドバイスを仰いだ事に、馬蹄さんの彼への信頼感が感じられます。辞書に彼の名前を入れたことに感謝がこもっています。
 その他、辞書の製作が中止なりそうだという情報を、いち早く仕入れ対策を打てれたことも、彼の情報収集能力のおかげでしたね。馬締さんが粘り強く納得がいくまで考え抜き、会議でもはっきり意見を主張する事を危ないと感じ、彼を誘導してあげた事に彼のサラリーマンとしての能力の高さが伺えます。(会社で自分の意見を無理に押し通す事は非常に危険です。)
 馬締さんが出勤した時の顔色で二人が結ばれたのが分かった事で、彼の人間を見る目の確かさが分かります。彼はいろんな人との繋がりが財産です。彼は馬締さんが一つの事に打ち込める事をうらやましく思っていますが、西岡さんは一つの事に集中しないで色んな事に興味を持ち、人と話をして話題豊富な人になる方が彼の能力を生かせると言ってやりたいです。

その他感じたこと

 この本は言葉の大切さを教えてくれました。恋も思いも言葉で伝えられ、記憶も言葉で記憶され、考える時も言葉で考えます。言葉が私たちを人間にしていると言ってもいいと思います。
この物語は会社勤めの人には共感を覚えることが多く、ユーモアーもいっばいあり、「のぼる」と「あがる」の話、西行の話など興味を惹かれ、楽しく読めました。
 西岡さんが恋愛について、女性は自分を一番大事にしてくれる人を選ぶと言っていますが、最近の恋愛学で、女性は遺伝的に自分の欠点を補ってくれる人を選ぶと言われています。人の顔やスタイル、匂いなどに遺伝の特徴が表れるので、女性が惹かれる人を調べると、遺伝的にいい子供(特に免疫力)が生まれる人を好きになると言われています。女性は本能的な部分もまた大切にしているような気がします。もちろん、好みのタイプでも性格が合わなければ駄目ですが。
 最後に、もう少しで辞書の完成と言うときに、辞書に人生の大部分をかけて来た松本先生が倒れられたのが、小説らしくドラマチックな仕上がりになっていました。



【わたしの感想】      岡本 恵子


 私は三浦しをんは男性だと思い込んで最後まで読みました。
 
 人間関係の面白さ、人物の個性の強さを軸に、楽しく辞書を作る過程がすっと胸におちていくスピード感に、心地良さ覚えながら読みました。

 馬締に接する中で、言葉という新しい武器を手に入れ、人間的にも大きく成長していく姿に、面白さを感じました。また、一生を辞書作りにささげた松本先生の生きざまにも、感動を覚えました。

 辞書作りという一つの事につきすすむ人達がいて、偉大な事柄が成し遂げられるのだと感じました。香久矢と馬締の関係から、料理にも言葉の大切さがあり、愛も、言葉によって、人の中にある海から生まれてくるのだと気づかされました。

「岸辺の成長について」

 辞書作りに取り組む中で、言葉と本気で向き合うようになって、岸辺は変わっていった。言葉の持つ力、言葉は傷つけるためだけでなく、誰かを守り、誰かに伝え、誰かとつながりあうための力になるものだと思う。自分の心を探り、周囲の人との気持ちや考えを注意深く汲み取ろうとするようになり、仲間の連帯の中の一人として、力を出し切り達成感を得て、岸辺自身成長していく姿に感動しました。

 この本によって辞書に大変興味を持つようになり、心が豊かになった気がしました。読書会に入れていただいて2年弱になりますが、はじめて、すらすらと面白く読めた一冊でした。