幸田露伴 『五重塔』 大畠啓三 2017/02/13


【あらすじ】

主な登場人物

十兵衛と妻お浪 源太親分と妻お吉 弟子清吉 鋭次親分 感応寺の上人

感応寺で伽藍を建築した後の余ったお金で五重塔を建てることになる。

伽藍を建築した源太親分と十兵衛が名乗りをあげ、上人様が二人で協力するように諭すが十兵衛はひとりでやりたいと言い張る。

二人が話し合ってともに相手に譲る結論になったが、上人様は十兵衛の意気込みにかけることにした。

源太親分は自分の考えた図面などを十兵衛にみせるが断られる。

工事が始まったが、大工はあまり働かない。

源太親分は、侠気をみせて十兵衛に仕事を譲ったことを、お吉に話さなかったが、お吉の知るところとなった。

お吉が清吉に悔しさをぶっつけると、清吉は仕事中の十兵衛に釿で襲いかかり、片耳をそぎ落とす。あわやというところを鋭次親分がとめに入り、清吉を抱き止める。

これを知ったお吉は自分の責任と感じ、源太には内緒で鋭次親分をたずね、清吉を旅に出すためのお金を預ける。

翌日、十兵衛は傷にもかかわらず仕事に出たので、まわりの大工達も働くようになる。

塔が完成し、落慶式の前日大暴風雨となった。大風が吹き、寺では塔が倒れるかと心配し、十兵衛を呼びに行くが、上人様が心配しているなら行くと答える。

上人様の言葉ということで、嵐の中、十兵衛は六分鑿を持って塔に上がり、塔が倒れたら、自分も飛び降りて死ぬ覚悟をする。そのとき、下では源太親分が塔のまわりを心配してまわっていた。

嵐がやんで、江戸市中倒れる堂塔があったにもかかわらず、この五重塔は無事であった。上人様は塔に銘して「江都の住人十兵衛これを造り、川越源太郎これを成す」と記した。


【報告者の感想】  大畠啓三

書き出しは歌舞伎の一場面という感じで、全体に江戸時代の世話物という印象をうけた。

のっそりと揶揄されている十兵衛が、一生の仕事として立ち向かう職人気質を主題としているが、十兵衛のこだわる理由がはっきりしない。自分の技を後世に残したい名誉心なのか、己の存在をかけるにしては、塔完成までの大工としての力量の描写が少ない。清吉の事件で帳消しなのは世話物の域である。

この時期の露伴は西鶴の影響をうけているといわれており、場面の説明や人物の心理を説明するのに江戸の名残りの美文調が出てくるが、それで十兵衛の気概を説明しているのかも知れないが、現在の我々には物足りない気がする。

明治
24年頃の作で、日清戦争の前、当時の西洋化に対する日本人としてのアイデンテティが叫ばれた頃であり、作品は職人の伝統・心意気を示したものと思われる。

辰の刻
(午前8)という表現がまだ使われていることに驚いた。

 

【.付 記 (日本近代文学名著事典 日本近代文学館編より)

(1)この作品は明治24117日から翌年318日まで新聞「国会」に連載された後、明治25103日「小説尾花集」として発刊され、大喝采を博した。

(2)露伴の直話より
主人公の「のっそり」という男は本来「のっぽり」というえらい寺大工のことで、方々の堂塔を建てている。この「のっぽり」の話をしてくれたのが倉という大工で、口のききようなども、極くのろいが軽薄ではない。第一この男の持っている道具はみな名作なので、この倉をモデルに使い、それに「のっぽり」を「のっそり」にかえて、すぐ近処にある谷中天王寺の五重塔建立に結びつけて書いた。また越後に源太という名工がいたので、これを川越の源太として「のっそり」に対照させた。

(3)谷中天王寺五重塔は 昭和32年に焼失


【蛇 足】

(1)年譜をみると露伴は、漱石・子規と同年の生まれであるが、三者の間に交流はあったのだろうか。子規は、小説「月の都」についての露伴の批評がおもわしくないので、小説の道をあきらめたともいわれている。漱石とは、同じ中学に在籍していたらしいが、あまり記録がない。文壇に登場する時期の違い
(漱石の「猫」は明治37年、日露戦争のとき)はあるとしても、露伴は紅葉と一世を風靡したといわれるのに不思議な気がする。どなたかご存じ ?

(2)幸田家 4
 露伴    18671947
 文      19041990
 青木玉       1929
 青木奈緒  1963

(3)テレビドラマ  「小石川の家」  1996.1.1  テレビ東京
  昭和13年から昭和20年ごろにかけての露伴文玉の日常を綴る


【みんなの感想】     記録 安藤邦男

・古文の美しさ、音読に適した文章だと思った。古い義理人情の世界であるが、職人気質の人間の友情や競争は現代にも通じると思った。人間の心の美しさが感じ取れる名作だと思った。

・この文章は何日もかけて味わいながら読んだ。源太の妻のお吉が最後は清吉の面倒を見るなど、全体にハッピーエンドで終わるのがよかった。

・十兵衛の塔を建てるに当たっての大工としての技術などの描写がもう少し欲しかった。

・重厚な作品。歯切れの良さ、テンポの良さで朗読向きの本だと思った。嵐の描写、飛天夜叉王の叫びなど、朗読に相応しいと思った。

・若い時は十兵衛がいいと思ったが、今読み返すと源太親分の良さに心打たれた。「十兵衛これを造り源太これを成す」が素晴らしい。先日東京で五重塔の跡を見たが、歴史の重みを感じた。

・正直、読み難かった。台風の描写にびっくりした。朗読よりも講談を聞いているような感じで、源太の男気に感動した。

・情景描写が美しかった。十兵衛が周りの動きに動ぜず、わが道を行く自信に感心した。十兵衛と源太が立派な仕事をやり遂げたのは、やはり上人のお陰であると思う。

・中学以来の再読で、よかった。書き出しの世話物の世界は歌舞伎を見る思いだった。それぞれの登場人物に共感、とくに十兵衛は偏執狂の気質があると思った。江戸文学の影響が見える。


【わたしの感想】   川地 元康

私には非常に難しい本でした。何回か読んでストーリは大体つかめましたが、細かい部分はよくわからないところもありました。

名うての棟梁源太と、腕はいいが世渡り下手の十兵衛との生き方の違い考え方の違いが,くっきりと描かれていました。人の気持ちを察することができ、付き合いの上手な源太が棟梁になり、何よりも腕を磨くことに専念してきた十兵衛が不運に泣いていました。会社の中ではよくあることです。人といい関係が作れる人は出世することが多いです。 

十兵衛のような職人気質の人は会社にも沢山いました。神がかった腕を持ち、彼らもそれが誇りで、高いプライドを持っています。彼らの共通するのは、自分の仕事に手や口を出されるのを非情に嫌うことです。そんな職人肌の十兵衛が見事に描かれていました。 

どんなに説得されても、たとえ利益が得られなくとも、源太の協力も断り、自分の一生一度の作品を自分の力で納得のいくように作りあげた十兵衛の職人魂の勝利ですね。  

一方源太も棟梁として部下を信じて、自由に思う存分力を発揮させてあげたのは、見事に棟梁としの仕事を成し遂げたと思いました。この五重塔は上人様が書いたように二人の共同作業のような気がしました。   

小説のセリフの部分が素晴らしいですね。源太が十兵衛に共同でしようと説得する部分、お浪さんが夫を戒める部分は、人情味あふれとくに素晴らしく、私ならすぐ納得し承諾したと思います。首を縦に振らなかった十兵衛さんの自分の生き方を貫く職人魂に感心しました。 

それから十兵衛さんが上人様に五重塔を作らしてほしいと頼む部分、しかもひな形を作り必死の頼みは心打つものでした。こうしたセリフの部分は読むのよりぜひ人情話で聞きたいと思いました。 

嵐の描写の部分は日本語を知り尽くした作者らしく、言葉を幾重にも重ね合わせ、嵐の激しさを見事に表現していました。ここは是非講談の名調子で聞きたいと思いました。

あと鎮護の神々を祭り地鎮の式の立派さ、柱立式などの式典の荘厳さも、同じように言葉を重ね立派さを表現していました。 

あと棟梁の奥さんとお浪さんの主人を思う心情も良く表現されていました。お吉さんは思いが強すぎて、行き過ぎてしまったこともありました。 

棟梁は十兵衛が塔を作ることに決まって、仲直りのため一席設けたとき、自分の所にある秘伝の絵図を良かれと思い、渡そうとした。しかし十兵衛に要らないときっぱりいわれ、腹を立てた頭領は一切協力はしないと言いました。 

参考にしようとしないに関係なく一旦受け取れば棟梁の顔もたち、穏やかに和解ができたと思うのに、ここでも正直者の十兵衛はっきり断り、棟梁を怒らせてしまいました。嘘がつけなく自分に正直な十兵衛、私は正直に断るのが、長い目で見れば正しいと思いました。 

私にはアメリカに叔母が住んでいました。主人の定年後、日本にやってきました。我が家にも五、六日泊って行きました。彼女は聖書の国の人らしく、然りは然り、否は否と言いなさいの教え通り、非常にイエス、ノーがはっきりしていました。プレゼントもいらない物は要らないとハッキリ言いますし、食べたくない物は食べたくないとはっきり言います。最初、戸惑いましたがなれると、すぐ楽になりました。思いやったりしなくて良く、聞けばはっきり言ってくれるからです。行きたいところもはっきり言ってくれ、食べたいものもはっきり言ってくれました。彼女は日本の叔母たちがすごくきつい性格だと思ったようようです。でも私はとても好意が持てて、新鮮に感じました。世界的には、自分の気持ちをハッキリ言うのが正しいと考えられているようです。 

たぶん十兵衛は職人気質のため、自分の理想の仕事がしたく、何者にも口出しをしてもらいたくないし、手も出してほしくなく、何も参考にしたくなかったのだと思います。 

常識や人情に流されず自分を貫いて、嵐にもびくともしない立派な塔を建てた十兵衛さんはほんとに立派でした。 

何度も十兵衛に煮え湯を飲まされ、十兵衛をつぶすことは簡単にできるのに大きな心で許し、十兵衛さんを陰で応援し、自由に仕事させ、立派な塔をたてさせた源太も、一回り大きな棟梁になった気がしました。 

棟梁も腕のいい職人でもあり、十兵衛の一見わがままと思える正直さ、考えも、同じ職人として、その気持ちが理解できたから許せたのだと思いました。 人情あふれるセリフに、作者の力量があふれている名作だと思いました。

               終わり