芥川龍之介  「歯車」           若林 孝之            平成25年11月11日

あらすじ

1 レエン・コオト

タクシーに同乗した理髪店主からレインコートを着た幽霊の話を聞かされる。 停車場の待合室にレインコートを着た男が居合わせた。汽車から省線に乗り換え、車中で友人と話こんでいると、レインコートの男が近くに座った。

省線を降りホテルに向かう途中,視野の中に無数の回る歯車が現れる。

ホテルの中で,長椅子に脱ぎかけられたレインコートに気づく。その日の午後

義兄が轢死自殺していた。レインコートを着た姿で。

2 復讐

 ホテルで、いつものように片方がなくなっているスリッパ。「先生」と声をかける青年を黙殺。[僕は良心を持っていない。持っているのは神経だけ」

自殺した義兄の遺体は、口ひげだけは判別できた。一方肖像画は、口ひげの辺りは薄い。行こうと思った精神病院への道を間違え斎場の前に出る。僕の一生も一段落ついたと感じる。ホテルへ戻るとレインコートを着た男が従業員と喧嘩しているので、ホテルへ入るの止める。銀座の書店で、開いた本の一行に打ちのめされる。その一行とは「一番偉いゼウスでも復讐の神には勝てない」僕は背中に絶えず僕をつけ狙っている復讐の神を感じながら書店を後にした。                              

3 夜

 得体の知れぬ敵意を避け、カフェに入るが室内の不調和に気分を損ねて出る。

宮城前の銅像を思い出す。しかし彼の敵だったのは?ホテルに来合わせた彫刻家の目の中に探偵に近い表情を感じとる。ベッドの上で、又回る歯車を感じ始めた。眠りに就くと、僕の復讐の神,或る狂人の娘を夢で見る。         ロビーの隅で読書するアメリカ娘、服の色が緑なのに救いを感じる。

4 まだ?

 カッフェで見かけた母子。息子の母への親和力。しかし同時に現世を地獄にする或る意志の一例でもある。旧友との会話では舌のもつれを体験。あいまいな電話の言葉の中で気にかかるモオル(死)という言葉。鏡の前に立ち自分の影と向かい合った。友人の夫人は第二の僕を帝劇で見かけていた。死は僕よりも第二の僕に来るのかもしれなかった。

5 赤光

 屋根裏の隠者との対話。彼も又親和力で動かされていることを発見する。

「罪と罰」を借り受ける。ラスコルニコフのように懺悔再生の道は?

しかしイカルスのように墜落するか、オレステスのように復讐の神に追われることになろう。甥からの電話「赤光の再版を送ります」の言葉に何者かの冷笑を感じる。発狂への恐怖のなかで「罪と罰」をよみはじめるが、綴じ違えの

「カラマゾフの兄弟」のページに行き当たる。悪魔に苦しめられるイヴァン。彼だけではなく僕も。しかし「河童」の執筆は、はかどっていく。

6 飛行機

 古いレインコートをひっかけた運転手のタクシーで避暑地へ向かう。帰宅後

往来で被害妄想狂のスエーデン人ストリントベルグに行き会う。黒と白のタイをつけていた。妻の実家での会話。自己分析を進めるうちに飛行機の爆音。

墜落しないかと心配する。散歩に出てもブランコは絞首台を連想させる。モグラの死骸を見つける。何者かに狙われていると不安になる。歯車が視野をさえぎる。僕が死んでしまうのではと気遣う妻。もう書き続けることはできない。誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか。             



「歯車」のテーマ

 遺書の役割を果たす作品.。発狂の恐怖、死の恐怖・誘惑被害妄想(人・物・色彩)、幻視に悩む姿を描く。末期思想(終末観は表現されていない)



年 譜

 別号 柳川隆之介、澄江堂主人、寿陵余子、我鬼(俳号)

大正九年三月三十日(辰年辰月辰刻)に生まれた。新原敬三の長男。実母が生後九か月ごろ発狂。母の実家芥川家で養われ、のち養子となる。

王朝物   羅生門 鼻 芋粥 藪の中 六の宮の姫君 地獄変

切支丹物  奉教人の死 きりしとほろ上人伝

江戸時代物 或日の大石内蔵助 戯作三昧 枯野抄

文明開化期物 舞踏会 お富の貞操 雛

その他   蜘蛛の糸 杜子春

現代物   秋 蜜柑 トロッコ 保吉の手帳から 点鬼簿

晩年の作  玄鶴山房 蜃気楼 河童

遺稿    西方の人 歯車 或阿呆の一生

昭和二年七月二十四日体力の衰えと作家としての自己の将来に対する「ぼんやりした不安」から致死量の睡眠薬を飲み自殺した。


文 体  

物語体 小説体 写生文体 書簡体 覚え書き体 教義問答体 記録体

独白体 ノート体 記伝体  考証体 説話体 対話体 シナリオ体

戯曲体 等作品に応じて使い分けた。


語 法

濁音を嫌って 主格の「の」の多用が目立つ

外来語表記の 時代性(プラス 独自性?)


付記 

  楠正成 像  高村光雲(光太郎実父)作

     大覚寺統(南朝) 持明院統(北朝)    楠家 悪党(非合法武装集団)

          


 
芥川龍之介     『或阿呆の一生』    若林 孝之

 

「人生は一行のボオドレエルにも若かない」

鼠色の着物を着せられた狂人たち  十年前母も狂人だった。

40歳近く年上の伯母と度々喧嘩したが、誰よりも愛していた。

向島の桜は彼には憂鬱だったが、それらに自分自身を見出していた。

あてもなく半日車に乗っていたと言う先輩の言が彼を解放した。

椰子の花を思い描き、血痰を落とし、自らの短い命を想う。

ゴッホの画に自然を見る。耳を切ったオランダ人の姿が浮ぶ。

雨中架空線の発する紫色の火花。命に換えても捕まえたかった。

死体不足を嘆く友。「自分なら人殺しをする」と考えてみる彼。

先生の本を読む。遠い空中に秤が一つ平衡を保っている。

吠えかかる黒犬まで愛してしまった。先生に会った三日目。

潜望鏡で見る「金剛」なぜかオランダ芹を思い出す。

歓びに近い苦しみを感じていた,「センセイキトク」の電報を胸に。

結婚翌日伯母の言いつけ通り彼に花を買った新妻に小言を言う彼。

ヴォルテイルを読み人工(理知)の翼で舞い上がる彼。

新聞社に就職。一方的に彼だけが義務を負った。

興もなく或狂人の娘とランデブー。動物的本能の強い彼女へ憎悪心

訪ねてきた画家。彼はこの画家の中に自分の魂を発見する。

後悔なさらない?と問う彼女。月の光の中のような彼女の顔。

娑婆苦のこの世界に何故生まれてきた?最初の子の出産時の想い

狂人の娘と別れ、月光の君との交際。

田舎道で「殺せ殺せ」とくり返す。或男を思い浮かべつつ。伽藍が一宇。

誰よりも民衆を愛した君は誰よりも民衆を軽蔑した君だ。

悔いない生活を望み、現実には養父母・伯母に遠慮。道化人形を自覚。

生活欲はなく、制作欲はある。噴火山を羨望する。

才力でも彼と格闘できる「越し人」に遭遇

「あの子はあなたに似ていやしない」とわが子をかえりみる狂人の娘。

資本主義の悪を弾劾したい、顧みて自分も生活は?自問自答する彼。

亢進する病、社会への軽蔑と恐れ。身に染むモーッアルトの旋律。

神々は我々のように自殺できない。

縊死をはかったが取りやめた。時計を持ち縊死の実験を試みた。

クリストに優るゲェテ善悪の彼岸に立つ。しかし生活的宦官だ。

懺悔録も新生も偽善。ヴィヨンこそ美しい牡。

ダブル・プラトニック・スゥイサイドを語り合う

自叙伝は書けず。代わりに「阿呆の一生」を。これが彼の「詩と真実」

友人の発狂、その友の愛した「検察官」。神を信ずることはできない。

手は振るえ、よだれを流す.ヴェロナールから覚めたあとも朦朧。  

 

越の人  松村みね子 明治11・2・10~昭和32・3・19

   本名 片山広子(歌人としては片山広子又はひろ子と記した。)旧姓

吉田。東洋英和女学校卒。後の日銀理事片山貞次郎に嫁す。佐々木信綱に

師事。歌文を発表。第一歌集「翡翠」で理知的な詠風を樹立。鈴木大拙夫  

人ビアトリスの指導でアイルランド文学に接近。翻訳に専念。

大正九年夫と死別。聡明な上流夫人としての気稟は芥川龍之介らの敬愛

を受けた。掘辰雄「聖家族」の細木夫人にその一端がうかがえる。

 

狂人の娘 芥川は歌人秀しげ子を「愁人」と呼び、その魅力にとらわれた    

がのちに彼女の動物的本能を憎み、「狂人の娘」とまで言うようになる。

彼女は「復讐の神」として、芥川を悩ませた。

 

ダブル スィサイド  芥川は妻文の親友平松麻素子と帝国ホテルで死ぬ

ことを約束したが 彼女の心変わりで果たされなかった。



『歯車』を読んでの感想      安藤 邦男    

1.「閃輝暗点」(せんきあんてん)について

この小説で芥川の見るギザギザに尖った「歯車」は彼の白昼夢のような幻想かと思っていましたが、そうではなく、私(安藤)自身がこれと同じものを今までに何回も眼の中に感じたことがありました。

私の場合は、左目の片隅に三角点のような光を感じ、それが次第に数珠つなぎに数を増し、クサリのように伸びていき、ついに端と端が結ばれて大きな円になるのです。パソコンをやっているときによく起こりました。痛みも何も無く、暫くすると20―30分で消えるので、そのまま放置していました。

しかし、『歯車』を読んで、芥川の言うハグルマはこれかと思い、彼と同じ神経衰弱の道を歩むことになっては大変とばかり、いろいろ調べてみると、これは「閃輝暗点」(せんきあんてん)という視覚障害の一種(下図参照)で、龍之介が『歯車』で激しい頭痛と共に感じたと記述しているのも、この閃輝暗点だといいます。

閃輝暗点(せんきあんてん)とは、片頭痛の前兆現象として現れることが多い症状で、定期的に起こる場合が多い。眼球の異常ではなく、ストレスがたまり、ホッとしたときにこの症状に見舞われるようです。また、「脳梗塞などの原因になることもあるので、精密検査が望ましい」とも書いてあります。いずれ眼科へ行こうと思っています。

 



2.『歯車』と『或る阿呆の一生』における芥川の文体

 芥川の文章は理路整然としています。簡潔で、論理的です。主語と述語がキチンと対応しています。とくに、主語を省く和文脈の文章に対して、主語を多用する欧文脈が芥川の文章の特徴です。くどいほどです。英文学専攻であるだけに、彼の日本昔話を読んでも、欧文脈の匂いがします。そんな例を次に掲げます。

・主語の多用の例

  『歯車』における主語、 「僕」(は、の) 700回 ~ 800回

「一時間ばかりたつた後、の部屋にとじこもったまま、窓の前の机に向かい、新らしい小説にとりかかっていた。ペンはにも不思議だったくらい、ずんずん原稿用紙の上を走って行った。しかしそれも二三時間の後には誰かの目に見えないものに抑へられたようにとまってしまつた。はやむを得ず机の前を離れ、あちこちと部屋の中を歩きまわった。の誇大妄想はこういう時に最も著しかった。は野蛮な歓びの中にには両親もなければ妻子もない、唯のペンから流れ出した命だけあるという気になっていた。」

『或る阿呆の一生』における主語、「彼」(は、の) 360回

「三 家  は或郊外の二階の部屋に寝起きしていた。それは地盤の緩ゆるい為に妙に傾いた二階だった。の伯母はこの二階に度たびと喧嘩をした。それはの養父母の仲裁を受けることもないことはなかった。しかしの伯母に誰よりも愛を感じていた。一生独身だったの伯母はもうの二十歳の時にも六十に近い年よりだった。」

・強調スタイルの例

     事実や主張を重ねることで強調する。

『歯車』→「のみならず」24回、「しかも」12回  

   『或る阿呆の一生』→「のみならず」10回、

     逆接によって強調する。

『歯車』→「しかし」50回、「が、」(文頭)46回、「けれど」23回 

    『或る阿呆の一生』→「しかし」22回



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