【レジメ】   津島裕子「半減期を祝って」  報告 安藤 邦男   H.28.9.12

【津島佑子 年譜】

1947330日:東京都三鷹市生まれ 本名 津島里子(さとこ)父は小説家太宰治

1969年:  白百合女子大学文学部英文科卒業、明治大学大学院(英文学専攻)に入学

1970年:  結婚により財団法人放送番組センターを退社

1971年:  第一作品集『謝肉祭』を刊行

1972年: 長女を出産。後年夫とは不和となり離婚

1976年: 『葎(むぐら)の母』第16回田村俊子賞

1977年: 『草の臥所』第5回泉鏡花文学賞

1978年: 『寵児』第17回女流文学賞

1979年: 『光の領分』第1回野間文芸新人賞

1983年: 『黙市(だんまりいち)』第10回川端康成文学賞

1987年: 『夜の光に追われて』第38回読売文学賞

1988年: 『真昼へ』第17回平林たい子文学賞

1991年: パリ大学国立東洋言語文化研究所に招聘され日本の近代文学を講義

1995年: 『風よ、空駆ける風よ』第6回伊藤整文学賞

1998年: 『火の山山猿記』谷崎潤一郎賞・野間文芸賞を受賞

2006年: NHK連続テレビ小説『純情きらり』(『火の山山猿記』が原案)放送4月~9

2000年: 川端康成文学賞選考委員(~2015年)

2000年: 野間文芸賞選考委員(~2014年)

2001年: 『笑いオオカミ』第28回大佛次郎賞

2002年: 読売文学賞選考委員(~2012年)

2005年: 『ナラ・レポート』芸術選奨文部科学大臣賞、第15回紫式部文学賞

2007年: 朝日賞選考委員(~2014年)

2012年: 『黄金の夢の歌』第53回毎日芸術賞

2016年: 218日死去 満68

【新聞記事からの著者紹介

『毎日新聞』2016218日の記事より抜粋

訃報 作家の津島佑子さん死去68歳 太宰治の次女

 【写真】津島佑子さん=2013年6月5日・棚部秀行撮影 

人間の生死や近代的価値観を問い続け、現代文学の先端を走った作家の津島佑子さんが18日午後4時10分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。68歳。葬儀は近親者で営む。喪主は長女香以(かい)さん。

 1947年3月、東京・三鷹で作家・太宰治(本名・津島修治)の次女として生まれた。翌年6月、太宰は自死。さらに知的障害のある兄を、12歳の時に亡くした体験も後の小説執筆に影響を与えた。白百合女子大英文科在学中に同人雑誌「文芸首都」に参加し、69年「レクイエム」でデビュー。72年に「狐を孕(はら)む」が芥川賞候補となり、同賞を熱望しながら受賞できなかった太宰を引き合いに「亡き父のかたきを取るチャンス」などと世間の話題になった。・・・

 母方の一族をモデルにして日本の近代史と家族史を浮き彫りにし、太宰を思わせる人物が登場する「火の山−−山猿記」は98年の谷崎潤一郎賞と野間文芸賞をダブル受賞し、NHK連続テレビ小説「純情きらり」(2006年)の原案となった。

『朝日新聞』20160223日の記事より抜粋

虐げられたものへ愛と共感 津島佑子さんを悼む 哲学者・柄谷行人

私が知って驚いたのは、彼女が母親に小説を書いていることを秘していたことである。彼女は同人たちにも、太宰治が父親であることを隠していた。・・・

彼女は、私生児や孤児、障害者、少数民族、動物のようなマージナル(周縁的)な存在について書く作家であった。虐げられたものへの共感と深い愛情をもつ作家であった。そして、そのために世界各地で活動した。・・・

私が瞠目したのは、彼女がむしろ近年になって、それまでとは違ったスタイルを、次々と開発したことである。特に私が驚嘆したのは『黄金の夢の歌』(2010年)である。・・・昨年の「ジャッカ・ドフニ」となると、世界文学史において類を見ないような作品である。・・

日本では知られていないが、津島佑子はノーベル文学賞の有力な候補者であった。それに最もふさわしい多様な作品を書き、国際的な活動をしていた。もう少し長生きすれば、受賞したであろうから残念である。・・・

【あらすじ】

戦後100年が経つ(2045年)頃、東北大震災(2011.3.11)で被災した或る老女が、東京の超高層住宅に一人で避難生活を送っている。彼女は夫に出て行かれ、母親は病死、父親は自殺という不幸な境遇にある。そんなある日、街に流れる女性のアナウンスの声が聞こえてきた。

30年ほど前、東北地方では、原子力発電所の事故で放射能汚染がありましたが、セシウム137は半減期を迎え、もう怖くありません。そのお祝いをすることになりました」

翌日老女は東北へ出かけた。事故現場に近い村には、多くの観光客が訪れていた。実は、数年前にはこの地で再び事故があって、プルトニウムのような最も危険な放射能が飛散し、危険なはずだが、現地の人は危険を感じていない。そのうえ業者は、政府の後押しもあってこの土地を新しくリゾート地として開発しようとしている。

現地を見てきた老女が高層住宅に戻ると、またアナウンスが流れてきた。「今度の日曜日に学校で運動会があります。子供たちの肉体の鍛錬をお見せしますので、ふるってご参加下さい」という。それを聞いて老女は顔をしかめる。

4、5年前、日本の独裁政権はASDという「愛国少年団」の組織を作ったのだが、その会員は学校のなかで次第に勢力を増し、今では学校はASDの下請け組織になってしまった。演劇や音楽の演奏などの文化行事はなくなって、運動会だけである。

老女の聞くところによると、子供たちは親の反対を押し切って、ASDに入りたがっている。ASDは14才から18才までの子供たちで構成されていて、その出身者は18歳から入る国防軍の幹部になれる。戦争のない現在は、国防軍で貴族のような待遇を受けているという。

また、ASDにはきびしい人種規定があって、ヤマト人種だけが入団を許され、トウホク人、アイヌ人、オキナワ人は許されないという。学校の歴史教育では、トウホク人は、ヤマト人にとって一番危険な人種とされ、差別されている。

だがこれだけでない。ASDの青少年たちは同時に反社会的な人間を探し出し、密告したり逮捕したりする役目も受けもっている。

とくにトウホク人の中の反社会的な人種は、逮捕されるとすぐ「病院」に送られるという。「病院」が満員になると、「シャワー室」に転送されるらしい。

そんな東北人狩りを行なうASD団員の中には美少女たちもいて、トウホク人の経営する店を襲い、トウホク人を連れ出して「病院」に送り込んだりしていた。

そのころ老女の知った恋愛事件があった。ASDの16歳の美少女が17才の東北人の少年に一目惚れし、逮捕された少年を拉致して自分の部屋にかくまった事件だった。その後3か月、二人は各地で逃亡生活を続けたが、ついに見つかり逮捕され、少年は「シャワー室」送りになったと噂された。少女は妊娠していたが、中絶手術をされ、病院のバスルームで自殺した。この事件は世間を賑わし、映画化もされ大ヒットした。

事故現場の村には、放射能汚染を恐れてヤマト人種は寄りつかないが、アイヌ人、オキナワ人、トウホク人が住み始め、復興作業に従事した。彼らは特別な犯罪をおかさないかぎり逮捕されることはないので、安心している。しかし放射能のため倒れる者が続出。だが、実験のための検査はされるが、治療は受けさせてもらえないのだ。

そんな話を聞くと老女は涙ぐむ。そして思う、「今まで何も気がつかないふりをしてきた。気がつきたくない。なにか気がついたとところで、どうすることもできないのだから」と。

セシュウム137が半減期を迎えたから、トウホクに戻る時が来ているのかもしれないと思う。しかし彼女は30年前の自分や夫との楽しい生活を思い出しながら,この超高層住宅に定住するであろう。老女は思わず涙ぐむ。そして見下ろす眼下には、20数年前にオリンピック(2020年)が強行された東京湾が,その後の放射能汚染にもかかわらず、キラキラ光りながら横たわっていた。

【報告者の感想】   安藤 邦男 記

・文芸雑誌「群像」は20163月号に「30年後の世界 ― 作家の想像力」という特集を行ない、12名の作家が短編を寄せている。特集の副題には「東日本大震災から35年、戦後101年を作家はどう描くか」とあるが、この文章は津島裕子のそれに対する解答である。

・そこで作者が解答とそして提出したのは、被災地東北における放射能汚染をめぐって、国はどのような対策をしてきたか、また人々の生活や思いはどのようになっているか、である。

・「半減期を祝って」というカリカチュアライズされた題名からも感じられるように、この作品は現在の政治への痛烈な批判、皮肉が籠められている。人間が自ら創り出したもののために苦しめられるのはいわば自業自得、それを除去できたというならばまだしも、なす術もなく自然の持つ回復力を待つしかなく、ようやく半減期を迎えたからには、これはもう祝うしかないという滑稽さ、そしてそこにある風刺に作者の鋭い批判精神を見る思いがする。

30年後を想定して書かれたという意味では、近未来小説の部類に入るが、ユートピア小説ではなく、徹底的なディストピア小説である。30年後も存在し続ける原子力発電の影響は、もう理性や科学ではコントロールできないという絶望感と、黙って受け入れるしかないという一種の諦観が底流にある。老女が最後につぶやく言葉「どうすることもできない」にも、それは表れている。

・作品としては問題が多いと思う。おそらく「群像」から与えられテーマを創作するに当たり、肺がんの進行で弱った体力の中で、充分の構想を練る時間もないまま,日頃の政治への不満や批判が生硬なまま出されたという気がする。なぜなら、群像3月号が発売されたのは2016年2月5日、彼女が亡くなったのは2月18日、つまり彼女は遺作が発表されて2週間で亡くなっている。おそらくこの遺作が書かれたのは死の前、1か月ぐらいではなかろうか。

・そのためなのか、文学作品の香りがしない。どちらかというとエッセイ風の読み物。自分の分身を思わせる老女を登場させているが、彼女はただ作者の思いを伝えるために狂言回しの役を引き受けただけの存在のようである。小説の体裁をつけるために無理に付け足した感がある。 

・それに、至る所にばらまかれた歴史的事実やエピソードは,過去の出来事を切り貼りしてある感じである。「シャワー室」はナチスの「ガス室」を、ASDは「ナチス青少年団」を、また「トウホク人・オキナワ人・アイヌ人などの差別」は同じく「ユダヤ人差別」を思わせる。それだけでなく、ヤマト人とトウホク人の対立のエピソードは、近くは明治維新における官軍対東北人の戦い、遠くはヤマト政権の蝦夷征伐などの歴史的事実を踏まえれば、当然のように思わせる工夫がある。

・もっとも未来というものは、過去や現在の事実を抜きにしては語れない。エドガー・アラン・ポオの言葉を思い出す。「人間の精神は実在しなかったものを想像することはできない。・・・なるほどグリフィン(鷲の上半身とライオンの下半身を持つギリシャ神話上の怪物)は実在しない。しかしその構成要素は実在する、それはすでに知られている四肢や容貌の単なる組合せにすぎない」。現実世界からの摘まみ採りは、近未来小説の宿命かも知れないと思う。

・作者が30年後を語るに,現在のさまざまな事実を援用したこと自体を責めることはできない。ただも少し彼女に時間があれば、素材は熟成し、豊穣な文学の香りを放つことができたであろうと思う。今更ながら、彼女の早世が惜しまれる思いである。  


【みんなの感想】 記録 大畠 啓三 

大畠作品を一読して作者が何を書こうとしたのかつかめなかった。リポートはそのあたりがよくまとめてありよくわかった。ただこんなことを書いてもよいのか、文学作品としてなら許されるのかという気は残った。皆さんの感想をよろしく。

清水:かたい作品で、絶筆といわれて興味をもって読む気になった。他の作品も読んだが太宰とはちがう印象、クールでテキパキとしている。中上健二と一緒に活動し、お互いケンカや批判をしあっている。これはリアルな作品で、30年後にこうなっているのかという気持ち。

都知事選挙のときヘイトスピーチの団体が立候補し、ひどい内容の政策だったことを思い出した。原発事故は書かれているようになっているのかも。作者の「ヤマネコドーム」の作品も読んだ。作者の環境は父は自殺、兄はダウン症、自分の息子も亡なくすというもので、太宰の自殺は許るせない気がする。

信藤:肺がんの進行という弱った体で書いているので、スゴイ作家という印象。リポートの柄谷行人の評にある作者の活動におどろいた。本の感想は、こんなこと書いてもよいのかと思った。安藤さんのリポートで内容を納得。ASDもふくめ想像力がすごい。30年後の日本をどうみるか怖い感じがする。汚染水のゆくえについても、このひとはこんなことを考えている。 どんなひとなのか他の作品も読んでみたい。

安藤(みどり):作者の中日の死亡記事には「ヤマネコドーム」が紹介されている。読後の感想は、わかったようでわかりにくいというもの。リポートを読んでわかった気になった。人間は愚ろかで、またあやまちをおこすのでは、30年後もそうなつているのではという気がする。

太宰の作品は拒否で、津島佑子の作品は読んでみたい。「狩りの時代」などは、人は何故差別するのかと考えさせられる。

伊藤:パソコンの画面で読んだが、最初の印象は「すなおに感動できない。上から目線の作品で自分にあわない」。2回読んだのだが後味が悪い「アー、読んだ」という感想。ASDは紅衛兵を連想した。30年後というこのテーマで他の作家はどう書いているのか、明るい作品はあるのか。また作者の他の作品も読んでみたい。

川地:違和感をもったが、体調が悪いときの作品ということなので納得。以下別紙の感想文朗読します。ASDは紅衛兵を連想した。人種差別のことが気になった。日本は貿易立国なので書かれているような鎖国はならないだろう。ともかく暗い未来が書かれている。

岡本:パソコンの画面で読む。一回目は理解できなかった。2回読む。リポートを読んで、作品としての全体のつながりが理解できた。感想は理不尽で、そんな世相になるのかという気がした。作品中「なにかおこつても、何事もなかったようだ」が印象に残る。

安藤(なが子):読みやすいが内容がつかみにくい、わからない。 反戦なのか。一週間前のテレビニュースで、大阪にASDはと同じような団体ができているのを観た。日本会議のメンバー16名も関係。また日曜討論で原発の是非論争がなされていた。

清水:同じテーマの高村薫の作品「移動販売車」は原発後にお店でなく、車での移動販売となっていて、そこでは円でなくドルが通用。

安藤(邦):世の中が右傾化する危機感が書かれている。そんなものは意識があればわかるという気がするが、柄谷行人の新帝国主義によると、わからないうちに右傾化するという。この作品も作者が危機意識をもっている。


【わたしの感想】 川路 元康

不思議な物語でした。
30年後には独裁軍事右翼政権になっていて、セシュウム137の半減期を迎え、最も問題だったセシュウム137が半分になり、問題が解決し、避難した人たちが故郷に帰れるようになると思われ、そのお祝いに東北の人たちが集まり、故郷を見に行きますが、30年の月日で人々は帰るかどうかで非常に悩ましい思いをするようになっています。東北の事故のあとさらに原発が事故を起こし、新たな放射能がばらまかれ、政府は東北に定住するように勧めますが、体を壊す人が出ても、それでも避難や治療は行われなく、人体実験みたいになっている。非常に嫌な状態になって、物語が終わっています。

日本は独裁軍事政権で、孤立して鎖国状態になっていて、表面上は変わりなく見えるが、国民は貧しくなっており、自殺者が増えていること、軍に入ることが一番のエリートで、少年少女はこぞってASD愛国少年団に入りたがっていること、親がASDに入るのを止めさせようとすると罰せられる法律ができること。ASDを出ると軍の幹部候補になれること。ASDは大和人に限られること、東北人、沖縄人、アイヌ人、朝鮮人がのぞかれることになっているようです。ナチのユダヤ人狩りのように、東北人狩りが行われたり、ガス室が出てきたり、東北人の陰険邪悪さを教える教育が行われたり、ASDの子たちに、東北人、同性愛者、精神病者、特定の宗教家,芸術家、新聞記者、編集者、弁護士など文化人を、襲わせたりして、中国の紅衛兵のような役割を負わせたり、運動会が、北朝鮮のマスゲームのように一糸乱れぬ演技が行われたり、作者は今の右寄り政権に危機感を持っているのか、これでもかと独裁国家の危険さを警告しているようです。

いくつかの事は疑問に思いました。日本は孤立鎖国状態にあるようですが、日本は資源の大部分を輸入に頼っており、孤立鎖国状態での生活はありえない気がします。農業漁業では共同コミュニティ(保育、看護)が出来たとありますが、こうしたものは、成功しにくくちょっと疑問です。妊娠出産を望む人が増えても出生率が上がらなく、世界中からの養子が増えるとありますが、外国人の養子は日本人の特質から考えると増えるとは思えない気がします。それより安い労働力として移民が増える気がしますが。

おばあさんが政府の勧めで国に帰ろうとすると、30年の高層住宅の生活に慣れ、人との繋がりが出来、決心を決めかねます。私が今の高層住宅へ来たのは40年前です、そのころ,このような高層住宅は人の住むところではないといわれました。投身自殺者も確かにありました。でも物語のおばあさんのように、住み慣れた我が家が一番です。娘の家のように冬、底冷することもなく、夏の二階の暑さもなく、蚊は6階以上にはいません。部屋は狭く密閉度も高く、冷暖房がよく効きます。いくら取っても茂る雑草に悩まされることもなく、出かけるとき鍵を掛けるは玄関一つで済み年寄り2人にはとても便利です。おばあさんが帰るのを躊躇する気持ちがよくわかります。

ASDの少女の悲しい恋の物語が映画化され、大ヒットしたことが、政府にとって都合がよかったとありましたが、何が政府にとっていいことか、よく理解ができませんでした。それとなぜ東北人が、朝鮮人より危険とみなされたのか、昔大和朝廷に刃向かい、絶えず独立しようとしたからなのか、原発事故のため、東北人に気を使わなければならないのが嫌なのか、彼らだけが特に排斥されるのがよく理解できません。政権側が敵を作り国民の関心や不満を彼らに向けることにより、政権の維持が容易になるよう考え出された政策なのか、理由付けに少し無理があるように感じました。

独裁国家の危険さを強調したいのか、非常にくらい未来が描かれています。ナチス、紅衛兵、北朝鮮の悪いところが全部日本に起こる物語ですね。確かに今の政権は、右寄りですし、マスコミに対する、締め付けも行われています。憲法も変えようとしています。作者の危機感が感じられました。

でも私は楽天的なので、そうはならない気がしています。手作りの服に人気が出、針を使った手作業がもてはやされること、自動車、テレビが衰退して、新聞、雑誌、書店の人気が上がることは、そうあってほしいと思います。でも私は新聞、テレビ、雑誌、書店はインターネットの普及で、衰退しそうな気がしています。

暗い物語でした。現在の人々への警告の物語だと思いました。


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