小川洋子「人質の朗読会」

           2014.7.14   清水悦子

[あらすじ]

海外でW旅行社が企画したツァーの参加者7人と添乗員が反政府ゲリラに拉致され、その後、銃撃戦で全員が死亡。アジトの床板などに文字が刻まれていた。2年後、アジトで録音された盗聴器の内容がラジオで8回にわたって放送された。8人が自ら書いた話を朗読。観客は人質のほか、見張り役の犯人と作戦本部でヘッドホンを耳に当てた男だった。

<第一夜:杖>

インテリアコーディネーター・53歳・女性/ 勤続30年の長期休暇を利用

11歳になったばかりの夏休み。向かいの鉄工所工員がブランコから落ちて動けないのを見て、のこぎりで木を切って杖を作り病院へ行くのを助けた。23歳の時、交通事故に遭い8日間意識不明になる。切断寸前の左足を、工員が「世界を創造するための道具」バーナーを使い、治してくれる。

<第2夜:やまびこビスケット>

調理師専門学校製菓コース教授・61歳・女性/ 研修旅行のオプショナルツァー

 やまびこビスケットに勤務。下宿先の家主は町内中の嫌われ者。整理整頓好き。庭に倒れていた家主のお婆さんを助けて、夕食代わりにタダ同然でわけてもらう不良品のビスケットを一緒に食べ、文字を作る。動物園で象を見る。家主は心臓発作で死亡。「sEiriseitoN」のビスケットが残されていて、それを、布袋に入れてお守りとして大事に持っていた。

<第3夜:B談話室>

作家・42歳・男性/ 連載小説のための取材旅行中

外国人男性に行き方を尋ねられて案内した公民館のB談話室。受付の可愛らしい笑顔の女性に招かれて入ると、「危機言語を救う友の会」の会場だった。ひとりずつ話す。「運針倶楽部定例会」、「蜘蛛の巣愛好会」、事故で子どもを亡くした親たちの会合などB談話室に参加して作家になった。受付で笑顔の女性を尋ねるがそのような人はいないと言われた。

<第4夜:冬眠中のヤマネ>

医科大学眼科学教室講師・34歳・男性/ 国際学会出席の帰路

眼鏡屋の一人息子。母は眼科医にしたい。イギリス山のたもとで老人が可愛くない冬眠中のヤマネなど、全部片目の縫いぐるみを売っていた。老人の左目も機能を失っている。イギリス山サマーフェスティバルの祖父母孝行石段登りで老人を背負って競争する。他人が自分の一部になり、自分もまたその他人に含まれていることが分かった。老人からお礼にヤマネを貰う。僕の一部になる。自分でそうするべきだと分かったから眼科医になった。

<第5夜:コンソメスープ名人>

精密機械工場経営者・49歳・男性/ 国際見本市参加の帰路

 急に両親が出かけてひとりで留守番をすることになった。母と「玄関を開けない。知らんぷりをする。電話は取る」約束をする。隣家の娘が、老母のためにコンソメスープを作りたいので台所を貸してほしいと依頼する。温度計を刺す手伝いをする。見たこともない黄金色に澄んだスープ。娘との二人の秘密。おばあさんが亡くなったのはその3日後。

<第6夜:槍投げの青年>

貿易会社事務員・59歳・女性/ 姪の結婚式出席のための旅行中

 朝、通勤電車の中で3メートル近い筒状を持った青年を見る。降車時、手助けする。気がついたら後をつけていた。荷物は槍で、競技場で青年は槍投げの練習をする。私は会社を休み見学。胸の中に青年が住みつき、楕円競技場はいつでも私の中にあり、どうしようもなく泣いてしまいそうな時、観客席に座る。青年は槍を投げ、亡き夫の魂のように飛翔する。遠くに着地しても青年は私の胸まで届けてくれる。ずっと青年のままだ。

<第7夜:死んだおばあさん>

主婦・45歳・女性/ 夫の赴任先からの帰途

 20代の女子大生の頃、青年に、死んだお婆さんに似ていると言われた。野球を見学しながらいつも祈っていてくれた。2番目は停電でEVが止まり、乗り合わせた出張専門のリンパマッサージ師の祖母。偏屈老人でヴァイオリン奏者という妄想。その後も現れ、共通点は全員が死亡している。私は自分の子供をもつことができず死んだお婆さんになれない。

<第8夜:花束>

ツアーガイド・28才・男性/ 勤務中

大学中退し、バイト先を転々として男性用スーツ専門店の販売員のバイト契約が切れた日、顔なじみの葬儀典礼会館の営業課長が花束をくれた。持て余す花束を見ていると思い出す。母死亡後、継母と妹ができた。妹はゴム人形を大事にしていた。その人形を鉄道会社の社宅の5階からわざと落とし、また妹の元に返した。後日、人形を投げ落とした踊り場で投身自殺があり、花束が置いてあった。人形を落下させたので自殺したのではと考える。営業課長が購入するスーツは遺体の棺に入れる。アパートの近くのガードレール下のバケツに枯れ果てた花があり、捨てて水をきれいにして花を入れた。課長にお礼と、亡くなった人、スーツを着て旅立った人々、投身自殺主婦、人形のために祈った。

<第9夜:ハキリアリ>

政府軍兵士・22歳・男性/  YH氏の通訳により放送

特殊部隊通信班の一員として人質事件の任務に就き、現場の盗聴器から送られてくる音声を聞き、犯人グループの動きを正確に把握していた。朗読会がスタートしたのは事件発生から一か月ほど経ったころ。語り口から姿かたちを想像して身近に感じた。見張り役の犯人たちも朗読を聞いているのではないか。朗読は遠いどこかにいる言葉さえ通じない誰かのもとに声を運ぶ祈りにも似た行為。生まれて初めて外国人、日本人を目にしたのは7つの時。出稼ぎに行った父は2年以上も音沙汰がない。勝気な祖母は読み書きが好きで古い新聞、雑誌を読んでいた。3人の男性がラジオでノーベル賞受賞した日本人物理学者の受賞記念講演を聴かせてほしいと依頼。ハキリアリの研究をしていて、その理知的、賢さ、集団の中で与えられた役割に徹する忠実さなどを語った。物理学者、3人、ハキリアリに対して拍手を送った。お礼に祖母は日本語の本を希望した。17世紀に書かれた日本の詩人の紀行文。祖母は亡くなったが今もその本を持っている。朗読はハキリアリの行列が作る緑の小川と同じ。


[小川洋子の経歴 ](出典は主にウィキペディア)

1962年3月30日生まれ。岡山県出身。

祖父は金光教教師。両親は信者。生家は教会敷地内の離れ。教会では祖父母、伯父母、従兄らが生活。

納戸にあった「家庭医学大事典」が最初の読書。病気の説明や内臓の図を見る。小学1、2年から「世界少年少女文学全集」を愛読。

高校時代、「アンネの日記」で感銘を受ける。萩原朔太郎、中原中也、立原道造、川端康成、太宰治、谷崎潤一郎を愛読。18歳で金井美恵子の「愛の生活」を読み、こういうものを書きたいと、以後、座右の書のひとつにしている。

早稲田大学第一文芸部文芸専修科卒業後、2年間、倉敷市の川崎医科大学中央教員秘書室に勤務。

86年結婚を機に退職、小説執筆に取り組む。夫は最初、小説を書いているのを知らなかった。

91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、04年「博士の愛した数式」で読売文学賞、本屋大賞、12年「ことり」で芸術選奨文部科学大臣賞。

阪神タイガースのファンで、「博士の愛した数式」に、試合や江夏投手の背番号28の完全数が出てくる。芥川賞選者。


[
感想](清水悦子による)       

ベストセラー「博士の愛した数式」の著者。通常、文学と関係がないようなことも小説にする力量に驚く。文体が一定で無駄がなく、それでいて情緒がある。ひとつのことを細部にわたって描写。大きな事件は起きない。ごくふつうの人の人生を、愛情をもって描いている。

「お互いに出来栄えを競い合おうというわけではない。今自分たちに必要なのはじっと考えることと、耳を澄ませることだ。しかも、考えるのは、いつになったら解放されるのかという未来じゃない。自分の中にしまわれている過去、未来がどうあろうと決して損なわれない過去だ。それをそっと取り出し、掌で温め、言葉の舟にのせる。その舟が立てる音に耳を澄ませる。なじみ深い場所からあまりにも遠く隔てられた、冷たい石造りの、ろうそくの灯りしかない廃屋に、自分たちの声を響かせる。そういう自分たちを、犯人でさえも邪魔はできないはずだ」この文章に全てが要約されている。

私が人質になって朗読するとしたら、どんな話を選ぶだろうか。


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