【レジュメ】  『マクベス』 (14年12月例会にて) 川地 元康


【シェイクスピアの生涯】

1564年4月26日:ウォリックシャー州ストラトフォード・アポン・エイヴォンのヘンリー街で生まれる。父は皮手袋商人、町長に選ばれた市会議員、母メアリーアーデンはジェントルマンの娘で、裕福な家庭環境であった。8人の兄弟姉妹がいた。
1970年:グラマースクールに入学する。エドワード6世校で、ラテン語と演劇の講義を受けたと推定されている。

1582年:18歳の時、26歳のアン・ハサウェイと結婚。

1583年:長女スザンナ誕生、

1585年:長男ハムネット、次女ジュディスの双子の誕生、

1594年:「内大臣一座」の俳優兼劇作家兼共同所有者になる。

1596年:長男ハムネットが死去。ベン・ジョンソンの『十人十色』で、主役として出演。

1603年:「内大臣一座」は「国王一座」と改称する。ロンドン在住中に経済的成功を収め、ブラックフライヤーズ・ストラトフォードに大邸宅ニュー・プレイスを購入。

1616年:ストラドフォード引退。

1616年:52歳で死去。ストラトフォード・アポン・エイボンのホーリー・トリニティ教会の内陣に埋葬された。

 (備考)スザンナは結婚、子供エリザベス・ホールがシェイクスピア家の最後の人となり、今日直系の子孫は存在しない。


【あらすじ】 (『ウィキペディア』の解説に依拠)

 『マクベス』は勇猛果敢だが小心な一面のある将軍マクベスが妻と謀って主君を暗殺、王位につくが、内面と外面の重圧に耐えきれず、錯乱して暴政を行い、貴族や王子の復讐に倒れるというストーリー。実在のスコットランド王マクベスをモデルにしている。

 1606年に書かれた戯曲で、『ハムレット』、『オセロー』、『リアー王』と並ぶ四大悲劇の一つである。


第1幕

 3人の魔女乱舞で始まる。綺麗は汚い、汚いは綺麗、という不可思議なセリフが劇の展開を暗示。スコットランドの反乱軍とノルウェー軍との戦いで大勝利の報告を受ける国王ダンカン。戦果を挙げたクラミス領主マクベスとバンクオーは、帰る途中魔女に逢う。魔女はマクベスに「万歳、コーダーの領主。万歳、いずれ王になる方」と呼びかけ、バンクオーには「王に成れないが子孫が王になる」と予言する。そこへダンカン王の使いが現われ、新しくコーダーの領主に任ぜられたと伝える。魔女の予言通りになったことに驚いたマクベスは、いずれ王になるという言葉に希望を膨らませる。

 フォレス城に帰ったマクベスを王が迎え、両将の功績を讃え、息子のマルカムを王位継承者に定める。予言の実現を危ぶんだマクベスは、ある決心をする。

 マクベスからの手紙を受けた夫人は興奮する。夫を国王にするため、王より一足先に戻ったマクベスと王の暗殺計画を企てる。一度は決意したものの、内心罪悪感を覚えるマクベスを叱咤して奮い立たせるマクベス夫人。やがてダンカン王一行が城に着き、宴会が始まる。


第2幕

 マクベス夫人は王の部屋付きの従者の酒に薬を盛り、眠らせる。マクベスは血まみれの短剣が浮くのを幻視するが、心を奮い立たせ、皆が寝静まると王の寝室へ向かう。王を殺したマクベスは茫然自失となり、「マクベスは眠りを殺した。もうマクベスに眠りはない」という幻聴を聞き、殺害に使った短剣を持ってきてしまう。マクベス夫人が慌てて短剣を戻しに走る。王の血で真っ赤に染まった二人は寝室へ引き揚げるが、マクベスは血に染まった己の両手を見て恐怖する。

 朝になり、貴族達が王の死体を発見して城中が混乱にある最中、マクベスは部屋付きの従者を惨殺して口を封じ、王殺しの下手人だと報告する。

 父を殺された王子たちは自分の命も危ないと、長男はイングランドへ、二男はアイルランドへ逃げる。王殺害の嫌疑は逃げた王子たちにかかり、マクベスが国王に指名される。


第3幕

 国王になったものの、バンクオーの存在と彼の子孫が王になるとの予言を恐れ、マクベスはバンクオーと息子に暗殺者を放つ。バンクオーは殺されるがフリーアンスは逃れる。その報告を宴会で密かに聞いたマクベスは、バンクオーの亡霊が列席しているのを見て、取り乱す。そして夫人も最初は気丈に振る舞うが次第に不安になり、心の安定を得られない。


第4幕

 マクベスは魔女の元へ予言を乞いに行く。「女の股から生まれたものはマクベスを倒せない、バーナムの森が進撃してこない限り安泰だ」と言われ安堵する。しかしバンクオーの子孫が王になる予言について尋ねると、8人の王とその後ろにバンクオーの幻影が現れ、マクベスの不安が消えない。

 その直後、有力な貴族マクダフのイングランド亡命の知らせが届く。マクベスはマクダフの城を奇襲してマクダフの妻子を殺す。暴政により国内を不安に陥れ、民心がマクベスから離れて行く。

 イングランド王の元に身を寄せる王子マルカムにマクベス討伐を説得するマクダフ。王子は、自分は王位に相応しくないと答え、マクダフは立腹するが、それはマクダフを試す嘘であった。マクダフがマクベスの回し者でないと知ると、マルカム王子はすでにイングランド王の手下シーワード将軍の助けを借りて、マクベス討伐の準備を進めていることを打ち明ける。

 自分の城が奇襲された知らせを受けたマクダフは、家族を守れなかった自責の念とマクベスへの怒りに駆られる。これと並行して、イングランド王が不思議な力を神から賜り不治の病に苦しむ庶民を救う様子が語られる。


第5幕
 マクベス夫人は夢遊病に冒され、夜中に起き出し、手を洗う仕草を繰り返す。「血が落ちない」とつぶやき、ダンカン殺害時の言葉を喋り、バンクオーやマクダフ夫人の殺害を悔い嘆く。

 マクベス城へイングランド軍が攻めてくる。味方は次々寝返えって行き、客観情勢はマクベスに不利になるが、彼は「バーナムの森が動かない限り安泰だ」、「女の股から生まれた者は自分を倒せない」と予言を信じ、城に立てこもる。そこに夫人が亡くなったと、知らせが届き、バーナムの森が向かって来ると報告が入る。イングランド軍が木の枝を隠れ蓑にして進軍していた。

 予言に裏切られたマクベスは自暴自棄になり、戦場に出て行く。城は落とされるが、一方小シーワードを初め、次々敵を倒してゆく。やがてマクダフと対峙したマクベスは、女の股から生まれた者には殺せないと告げるが、マクダフは「自分帝王切開で出てきた」と明かす。

 最後の望みに見放されたマクベスは、自分の運命は自分で切開くと、マクダフと戦い、敗死する。マクダフがマクベスの首をマルカム王子に献上して、一同は勝利を祝福して、マルカム新王の誕生を讃える。


【感 想】               川地 元康

 マクベスを読んで、私はこれを読んだのが20歳台半ばだったことを思い出しました。マクベスが身の丈に合わない地位を獲得したため、かえって破滅してしまったことが強く印象に残ったのを覚えています。

 私が新しい仕事を与えられたとき、何度も胃に穴が開き苦しんだことがありました。その時思い出したのが、このマクベスでした。与えられた仕事は、私の身の丈に合わない役だと思い、その仕事から降ろしてもらったことがありました。それで、『マクベス』はとくに印象深い物語になりました。

 物語は、裏切り、殺人、亡霊、良心の珂責、部下の裏切への不安、そして破滅へと展開していきます。観客の気持ちを引っ張ってゆくドラマチックな物語の面白さ、魔女たちの謎めいたセリフを効果的に入れ、これからの物語を暗示する演出の巧みさも、強く印象に残ります。マクベス夫人の何度も手を洗いつづけるシーンの怖さ、そして、「バーナムの森が攻めてこない限り大丈夫」と、「女の股から出てきたものには貴方を倒せない」との予言は、一体どうなるのかと、最後まで観客の関心を引き付けるのも巧みだと思いました。

 また、随所にちりばめられた皮肉な表現、たとえば、「いいは悪い」、「悪いはいい」、「いいとも悪いともいえる」、「嘘つきは正直な人よりたくさんいる」、「人生は役者、舞台で大見得を切っても出場が終われば消えてしまう」などなど,記憶に残ります。

 人生の警句や格言もすばらしい。「まず真実を語り、小事において我々を信頼させておいて、大事において裏切る」、「小人が盗んだ巨人の衣服のように、身の丈合わないことを思い知るがいい」、「心労の絹糸を解きほぐしてくれる眠り」、「その日その日の生の終焉」、「辛い労働の後の湯浴み」、「傷ついた心の霊薬」、「大自然が用意した最大のごちそう」、「人生の祭宴における最高の滋養」、などなどです。

 私たちにはとても考えも及ばない言葉で、強い印象的なセリフになっています。たとえば、「俺の行く手に立ちふさがる火を消せ」、「星よ、俺の胸底の黒い野望に光を当てないで、手のなすことを見るな」、「目よ、たとえ見ても恐ろしい行為を手がさすとはいえ」、とか、「私の鋭い短剣がおのれの作る傷口を見ないですむように、天の闇の帳から顔をだし『待て』と言わないように」、とか、「俺の足がどこに向かおうとその音を聞くな」、とか、「言葉は行為の熱を冷ますあまりにも冷たい息にすぎぬ」、とか、「もう眠りは無い、マクベスは眠りを殺した」、など、「蝙蝠が修道院に飛び交い、暗黒の魔女ヘカティの呼び出しに応じて甲虫がその硬い羽を震わせ、夜の眠りに誘う唸り声をものうげにひびかせる」、とか、「昼の正直者たちは首うなだれてまどろみだす、夜の暗闇の手先どもは餌を求めてうごめき出す」、とか、「あれは血を呼んでいるのだ、血が血をよぶのだ、そのためには、石も動き木も口を開く、因果を知る前兆か、カササギや紅ガラスの鳴き声を借りて隠れた人殺しをあばく」、とか、思いもよらぬ言葉でわたしたちを物語へ引き込んでいきます。

 民族や歴史の違いを感じさせます。イギリス人らしい皮肉や逆説、名言、格言、警告がちりばめられた名作だと思います。


【出席者による感想】     記録者 淸水悦子 

*日本語訳が訳者により、言葉の持つ意味が違う。シェイクスピアは、元の台本をもとに一種の創作をした。

*心の闇が描かれている。シェイクスピアの時代は日本の戦国時代。斉藤道三も主人を殺したが、マクベスのように悩みはなかったのか。芝居には、人生の含蓄ともいえる言葉がある。訳者は小田島雄志と大場建治の両方で読んだが、小田島雄志は古典的。大場は現代的。映画「蜘蛛の巣城」で山田五十鈴が、血がとれないと手を何度も洗ったり、木を持って攻めてくる場面が印象的だった。

*イギリスは王位継承だが、実際にこういうことはあったのか。

*史実にのっとっている。日本の戦国時代と一緒。日本は万世一系であるが、外国は、下剋上は普通。

*子供向きの本は読んだことがあるが、初めてを読んだ。演出家になったつもりで、キャスティングを考え、動きを追った。あらすじを作成してくれたのでよくわかった。シェイクスピアは裕福な家に生まれ、死ぬまで恵まれている。

*原文は韻を踏んでいない。全体は詩の如く。言葉の使い方は世俗的な耳に入りにくい。インターネットに対訳が出ているが、直訳で味も素っ気もない。訳者の翻訳力による。

*全体をとらえるだけでせいいっぱいだったが、あらすじを読んでよくわかった。教訓は白と黒はつかない。善と悪をつけた方がよい。人間の心に潜在している矛盾を書いている。

*2度読み、わかった。松本幸四郎がマクベスを演るとよい。

*名前を覚えるのが大変。あらすじを読んでわかった。「リヤ王」、「ベニスの商人」は子供向きの本で読んだことがある。大人向きは「マクベス」が初めて。門をたたく音、冷や水を浴びせられたなど実際に聞こえるようだ。映画を観たが、芝居で「マクベス」を観たい。

*福田恆存訳で読んだ。欲には限りがない。今の世の中も変わらない。朝日新聞9月20日付「天声人語」で、「スコットランド王は善政を敷いた」と書いてあった。ロック歌舞伎の「マクベス」で、娘が魔女役をした。

*「マクベス」や「ハムレット」に亡霊が出てくるが、キリスト教と関係があるのか。

*中世は悪魔、魔女が出てくる。宗教が支配していた時代。今と違う。「ハムレット」も父の亡霊が出てきて復讐する。

*シェイクスピアは座付き作家。記念館に行ったが、中世に模した家が建っていた。

*四大悲劇に、日本人は共感を持って受け入れているのか。人殺しの作品。魔女、亡霊がうまく配置されて、自分の内面を象徴され支配されている。

NHKの「100de名著」で、今「ハムレット」を取り上げ中で、比較すると面白い。新潮文庫の後書きで、訳者福田恆存が解説しているが、「ハムレット」は内的な「宿命」に、「マクベス」は外的な運命に、それぞれ支配されているという。マクベスは、本人の性格とか気持ちとは別の夫人に唆されたため、罪の意識にさいなまれ、幻影を見る。「きれいは穢い」は矛盾した言葉は、物語の伏線か。

*若い時は好きでなかった。マクベスの殺しは寝込みを襲ったり、寝室を血まみれにして陰惨な感じがする。報告者に感謝、敬意を表したい。マクベスの野心への傾斜、トラウマ。苦しみが的確に描かれている。

*報告がよくわかった。読む機会を与えてもらった。

*舞台で観たことはあるが本は初めて読んだ。大変良かった。人物把握が難しく、関係がわからないので、あらすじの説明がわかりやすかった。魔女は重要な役割。江守徹のマクベス、夫人を玉三郎で観たい。夫人が亡くなり、マクベスも自分も終わりと思ったのか、しっかり読めて良かった。


シェイクスピアと私

和佐田高望

昭和十三年、小学校五年生の時、読み方の本に「リア王物語」があった。長女、次女に騙されたリア王が、何も与えなかった三女の優しさに助けられたという話で、悲劇性は隠されていた。この年の学芸会は先生の指導で「ベニスの商人」の劇をした。約束どおり「一ポンドの肉はよいが、一滴の血も出すな」のセリフに会場から拍手が湧いた。その頃は、有名なシェイクスピアとはどこの国の作家だろうかと思った。明くる十四年、十五年は、急に戦時色が強くなり「愛国行進曲」と「紀元二千六百年奉祝歌」に明け暮れた。やがて世は、外国語や外国文学排斥の狭量な時代に入っていった。

 昭和十九年ごろの話である。父は電車に乗ると退屈しのぎに、「原語シェイクスピア全集」を、楽しく読んでいた。ある時、隣に来た私服の憲兵と自称する男が「おじさん何読んどる、主義者(左翼思想者)の本を読んでもらっては困るな。その本、わしに預からしてもらう」と言った。父は「つまらんことを言うな。私は今私服だが陸軍大尉だ、お国のために何が大事だぐらいはお前より心得ている」と突っぱねた。憲兵は、軍の階級まで詐称するますます怪しい奴と思ったらしい。結局父は、下車する小牧駅から小牧警察署まで連行された。父は警察署長とは、町の行事で町長、郵便局長と同席するので顔馴染みである。署長の釈明で無事解放された。父は、横文字を見ただけで主義者にされるなんてばかばかしいと家でぼやいていた。

 大学での英語教科書は「シェイクスピア全集」だった。「ロミオとジュリエット」「ハムレット」などを試験前に慌てて詰め込んだ。父と違ってあまり興味が無かった。昭和の終り頃、オックスフォード大学の教育研修会に参加したらシェイクスピアの講話もあり、その折り、ストラトフォードのシェイクスピア生家と、近くのシェイクスピアガーデンを見学した。顧みるとシェイクスピアとは、小学生の頃から今度の読書会まで時々関わりがあり、偉大な劇作家の片鱗に触れたことは幸せだったと思うようになった。



シェ―クスピア あれこれ     若林 孝之

 

評論家カーライル曰く「インドを失うともシェクスピアを失うことなかれ」

小田島雄志曰く「シェクスピアは人間の矛盾を矛盾のまま描いている」

漱石曰く「英国の劇と我等の間に三百年の月日が挟まっている」

沙翁は日本での異名 (ちなみに杜翁 奈翁 蕉翁 福翁)

「人殺しいろいろ   15641616

423日に生まれ423日に死んだとされる。洗礼日は26

明治8年仮名垣魯文 西洋劇「菓武列土」を新聞連載

明治1 8年「何桜彼桜銭世中」 (さくらどきぜにのよのなか」戎座上演

ストラトフォード派と反ストラドフォード派の対立

「蜘妹巣城」 (1957)黒揮作品 鷲津武時 (三船敏郎) 浅茅 (山田五十鈴)

最高のシェクスピア映画と絶賛する評者も多い。 「乱」(1985) リア王

彼の使用単語総数は、約4 0万語 語嚢は屈折語を数えないで19066

現代の英米人の認知できる語彙は1万から15千語、実際に運用でき

るのは、 4千語。彼の芝居を全部理解できる人は欧米でも多くない。

近代イギリス散文に大きく貢献した欽定聖書は6568語、ミルトンは8千語

「世界はすべてひとつの舞台、人間は男も女もみな役者」お気に召すまま

「どんなに永い夜もいつかは明ける」マクベス

 The night is long that never finds the day.

「ほどほどに愛しなさい。長続きする愛とは、ほどはどなもの」

                  ロミオとジュリエット

シェクスピア劇の植物は142

 「殿下の気まぐれなご好意は早咲きのスミレのようなもの。咲くのは早

いがすぐにしおれる。      ハムレット


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