中島 らも 『らも噺』 報告 川地 元康 平成29年3月13日(月)


【略歴】

中島らも(1952~2004)
小説家、劇作家、随筆家、広告プランナー、放送作家、ラジオパーソナリティ、ミュージシャン、俳優、劇団リリパットアミ―を主宰、全国まずいもの連盟会長。
営業マン、ヘルハウス時代、コピーライターを経て作家となる


朝日新聞に掲載された『明るい悩み相談室』が評判になり、作家として身を立てる様になりました。全ての作品に必ずキャグ入れてあり、これが格式ある文学賞の審査委員の気に入られず、何回か候補になりましたが、落選ばかりでした。自身のアルコール中毒や薬物の常用などの体験記などもあります。ヘルハウス時代の沢山の人たちとの共同生活の体験記などもあり、営業マン時代の体験記、コピーライター時代の経験を書いたエッセイもあります。その他、劇団リリーパットアミーとその劇団員の話などもあります。落語家との親交もあり、また沢山の友人との共著などがあります。ロックバンドとその仲間などの話もあります。その幅広い交際と豊富な体験が作品に生かされ、飽きさせず笑える文章が特徴です。


【著作】

エッセイ

   舌先の格闘技 1986、を初めとしたくさん有り。

小説

   頭の中がカユインダ 1986、をはじめ主なものだけ書きました

   お父さんのバックドロップ 1989、映画化される

   今夜すべてのバーで 1991、吉川英治文学新人賞

   人体模型の夜 1991、テレビ化

   ガダラの豚 1993 日本推理作家協会賞

   永遠も半ばを過ぎて1994映画化

    寝ずの番 1998 映画化

   世にも奇妙な物語2008 テレビ化

新作落語集

   らも噺1 1991

   らも噺2 1993

対談集

   訊く 1996

   逢う 1996 など

明るい悩み相談室

   第一集 1987 ~第十一集 2013

共著

   鮫肌文殊と難波のアホちから

   わかぎえふと人格の不一致など

   いしいしんじとその辺の問題

   チチ松村と私の半生青年編など

その他
    
    ラジヲ、テレビの出演多数

   ミュージシャンとして活躍


【報告者の感想】  川地 元康

この物語を読んだ皆さんはきっと驚かれたと思います。今までの文学の香り高い物語と全く違う、ただ大阪らしい、こてこてのギャクばかりです。きっと皆さんにお叱りを受けるとおもいます。

実は私の大好きな作家です。安藤さんにお願いして無理に入れてもらいました。彼は普通の小説も書きますが、彼の良さはこうしたお笑いの本です。どんな本でも良かったのですが、たまたま手元にあったので、この本にしました。ただ皆さんに彼を知ってもらいたく思ったからです。

私は彼に大きな影響を受けました。一番大きいのは、笑いが車のハンドルの遊びのように、人生で大切な役割を担っているのを彼から教わりました。自分の生き方や、世の中の理不尽さを真剣に考えすぎ、どこかで無理や矛盾にぶつかり、悩んでいましたが、そんな自分や世の中の矛盾を見つめ、それを滑稽だと思い、笑ってスルーすることを彼に教わったのです。

そのおかげで、少し生きやすくなりました。あまりにも真剣にならなくなり、どうしても解決できない問題は笑いの中に身をかわす術を彼に教わりました。 

小さいころから理科が大好きな私は、神、霊、お化け、宇宙人、テレパシーなどは、まったく信じませんでした。でも、物理でも解らないことはいっぱいあり、完全に否定できないなら、それはあるかもしれない、と思うべきだと、教わりました。神とか霊もあるかもしれないと思った方が、楽しいと思うようになりました。

彼のようなお笑いの原稿料は安く、大量に書かなければならず、どうしても行き詰まりやすいので、それが彼の悩みでした。そのせいか、彼はうつ病、アルコール中毒、薬物中毒に苦しんでいました。事故で死んだと言われていますが、私には自殺に近い死だったような気がしています。彼は破滅型の人生を歩んだようです。でも大勢の人に愛されました。彼のような破滅型の人には、人を引き付ける不思議な魔力があるようです。彼は非常にまじめで、真剣に笑いに取り組みすぎた気がします。人生の皮肉ですね。とても悲しいです。

うどんの話は大阪人の東京をけなす定番です。私は東京にも住んでいましたが、東京にはうどん屋がありません。蕎麦屋はいっぱい有り、どこのお店がおいしいと話題になりますが、うどん屋は駅の立ち食いぐらいしかありません。東京はそばの文化圏です。うどんの話は一切出ません。静岡県の中辺りから西が、うどん文化圏みたいです。ですからこの自慢は、少し見当はずれの自慢のようです。

迷子の話は、大阪の子供の特徴が実によくあらわされています。大阪の電気屋さんで働いていたとき、小学生ぐらいの子でも大人相手に堂々と値切りの交渉をしてきます。いかに長い間我慢してお金を貯めたか、この製品がいかに自分にとって必要か、でもお金がこれだけしかなく、まけてほしいと長々と説明してきます。聞いていると思わずまけてあげたくなります。そんなしっかり者の子供が出てきて、思わずにっこりしてしまいます。

たこ焼き屋の話は、彼の全国まずいもの愛好会の会長らしい皮肉が込められています。料理人を持ち上げすぎの世の中や、ただの食事に何時間も待たせることや、非常に高価な値段に対する皮肉がこもっています。私も美食をありがたがる風潮に疑問を持っていて、らもさんに共感しています。おなかがすけばどんな物もおいしく食べられます。と言うのが私の考えです。

お酒の席で長々とうんちくを披露して得意になっている、そんな嫌な人に全く逆に、ものを知らない人をぶつけるという物語ですが、その発想が面白く思わず笑ってしまいました。

彼の作品の中の非常に面白いギャグは、覚えて自分の家族や友人に話し、嫌がれていました。私がおかしいのか、家族がおかしいのか、いまだに疑問です。もし彼の作品が読みたいと思ったら、ぜひ『明るい『悩み相談室』を読んでほしいです。彼の若いころの鋭い笑いのセンスが感じられると思います。

大阪には沢山のヤクザの人がいます。繁華街には幹部のパレードがあります。するとどこからともなく人が並び、一斉にお辞儀をします。珍しくてついじろじろ見てしまい、「なんじゃい、われー」と、すごまれました。先輩がすぐペコペコ謝り、すいません、こいつぁ―ほなんです、と言いました。するとヤクザさん、私を上から下までじろじろと見て、「あほならしゃぁないな」、と許してくれました。大阪の人はあほを愛しているのだなーと思いました。決してヤクザさんをじろじろ見ないようにと、先輩に怒られました。

大阪で商売のいろはを、ただ商品を売るだけでなく、値段交渉や世間話を通して自分を売り込むことを教わりました。それから話は落ちを付けなくてはならないことも教わりました。大阪の人は笑いを非常に大切にしていることを強く感じました。らもさんのギャグを読むと、大阪の街や人を思い出し、とても懐かしく感じます。



【みんなの感想】

「らも噺」4編を読んだ読者の感想は、およそ次のようでした。

「らも噺」全体について

・うどんの話、迷子の話、タコの話、知ったかぶりの話、それぞれ面白く読んだ。

・四話にそれぞれオチがついている。「うどんは伸びたが寿命が縮まった」、「大人二人が迷子になた」、「タコになって腕がもう6本ほしい」、「知らぬはほっとけ」。上質の落語の雰囲気を味わうことができた。

・四話以外にも面白いのがあった。やくざの組長が披露宴にきて、新郎の働きは「五本の指」に入ると言って出した手には四本の指しかなく、慌てて「四天王」と言い直した話が面白い。

関西のうどん文化について

・静岡あたり境にして、東にはソバ文化があり、西にはうどん文化があるのではないか。名古屋は両方の文化を取り入れているのではないか。

・関東では漱石の文学にも表れているように、うどんに偏見があり、うどんを見下げる風潮がある。

・三鷹の深大寺公園にソバ屋が軒を並べているが、うどん屋はない。

笑いについて

・苦しいときや厭なときには、笑いが息抜きになり救いになる。自分も笑いで救われた。

・作者はアルコール中毒や薬物中毒で悩んだのだが、そんな悩みを解消するために、笑いの作品を生んだのではないかと思う。

・だが一口に笑いと言っても、人によってそれぞれ違う。個人によっても違うし、関東人と関西人によっても違う。何が良い笑いで、何がくだらない笑いであるか、良く判らない。

・笑いを造りだすのは難しい、又吉直樹の「火花」では人を笑わせることに真剣に取り組む芸人たちの姿を知った。

・四つの話の中で面白いと思ったものとそうでないものがあるのは何故か、と疑問を持った。皆さんに教えてもらいたい。

・大阪の笑いの文化は少々くどい面がある。同じギャグをこれでもかとうんざりするほど繰り返すので辟易するが、これが大阪の笑いだと教えられた。

・アホの笑いが大阪人の笑いの特徴で、怖いヤクザが大阪には多いが、それでもアホに対しては寛大である。

・井上ひさしの名言に、「深いことを面白く」という文章術があるが、面白く書くことが一番難しい。

                      (終わり)