ベルンハルト・シュリンク 『朗読者』 報告者  川地 元康  2016.2.8

あらすじ】(ウィキペディアによる

ある雨の日、15歳だった主人公は学校の帰り気分が悪くなり、ある女性に看護を受ける。その後黄疸に罷り、数か月病の床につく。回復した彼はバーンホープ通りを歩き、女性の住居を探し再会する。ほどなく二人は男女の仲となる。彼女の名はハンナシュミッツ、ある日ハンナにせがまれ、ミヒヤエルが本を朗読して、聞かせる事になり、朗読は二人の習慣となる。朗読されたのは、トルストイの『戦争と平和』、ホメロスの『オディッセイア』など、そして突然ハンナは行方をくらましてしまう。

 大学生になったミヒヤエルは、ナチスの戦争犯罪に関する裁判を傍聴し、被告のハンナの姿を認める。彼女は戦中、強制収容所で看守をしていた。裁判により、彼女がどういう事件に関与していたかが明らかになる。裁判で彼女にかけられた容疑は事実より重い罪であろうことは明白だが、ある理由から、彼女は抗弁せず、裁判はハンナの不利なものになる。ミヒヤエルはアルザスを旅行し、彼女が務めていた強制収容所の跡地を訪問しハンナとナチスの戦争犯罪について、思いを巡らせる。その年ハンナは無期懲役の判決を受ける。

 ミヒヤエルはハンナに『オデュッセイア』を録音して、刑務所に送る。四か月後彼女からの手紙が届く。彼は彼女を訪問して再会した。出所の準備を進めたが、その当日ハンナは自殺してしまう。彼女の遺書が見つかり、ミヒヤエルはその遺志を叶えて、一度きりの墓参をする。


【著者の略歴】

ベルンハルト・シュリンク(194476日~ ):ドイツの小説家、法学者。法学者としての専門は公法学。ビーレフェルト出身。ハイデルベルク大学やベルリン自由大学で法律を学び、卒業後はノルトライン・ヴェストファーレン州の憲法裁判所判事などを務める。

1987年にヴァルター・ポップとの共著による推理小説『ゼルプの裁き』で作家デビュー。

1993年『ゼルプの欺瞞』でドイツ・ミステリ大賞を受賞。

1995年に自身の少年時代を題材にした『朗読者』を発表、ドイツ、アメリカでベストセラーとなり39か国語に翻訳された。またこの作品はドイツ語圏の作品で初めて『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストにおいて1位を獲得し、2008年には『愛を読むひと』として映画化もされた。


【主な作品】

私立探偵ゲーアハルト・ゼルプ三部作

ゼルプの裁き (1987) 2002年、小学館、岩淵達治ほか訳)

ゼルプの欺瞞  (1992) 2002年、小学館、平野卿子訳) - ドイツ・ミステリ大賞受賞

ゼルプの殺人  (2001) 2003年、小学館、岩淵達治ほか訳)

ゴルディオスの結び目 (1988) 2003年、小学館、岩淵達治ほか訳) - グラウザー賞(ドイツ推理作家協会賞)受賞

朗読者 (1995) 2000年、新潮社、松永美穂訳)のち文庫 

逃げてゆく愛 (2000) 2001年、新潮社、松永美穂訳)のち文庫 

帰郷者 (2006) 2008年、新潮社、松永美穂訳)

週末(2011年、新潮社、松永美穂訳)

夏の嘘 (2010) (2013年、新潮社、松永美穂訳)

美しい子ども (2013年、新潮社)

『現代ドイツ基本権』ボード・ピエロート共著  法律文化社 2001

『過去の責任と現在の法 ドイツの場合』 岩波書店 2005


【報告者の感想】 川地 元康

 未熟な少年にとって年上の女性は魅力的です。恋人と母親を同時に獲得したような感じです。若い子のような面倒な手続きが必要でなく、家事が早く、上手く、清潔で、料理がおいしくて、いいことずくめです。一般常識に反しているのが恥ずかしく思うのか、友達や家族に紹介しにくく、これが主人公を苦しめ、罪の意識を抱かせたようです。

私も年上の女性に魅かれたことが有ります。男女関係のイロハを彼女から教わりました。主人公も彼女により成熟し、自信を持ちましたね。未熟な主人公が、勝ち気でしっかり者に魅かれて行ったのがよく理解できます。彼女も母性をくすぐり、自分の思いのままになる彼を気に入ったようです。最初はセックスに魅かれたのか、彼女を愛しているのかわからなかったのが、だんだん彼女を愛していると感じるようになったようです。彼女も彼がペットの存在から、次第に彼を愛するようになったみたいです。彼が置き手紙を置いてちょっと買い物に行った時の怒りかた、彼の写真を大事にとっていたことからも、むしろ彼以上に、彼を必要としていたと思いました。

彼は彼女を自分の生活の中心に置かなかったため、彼女を傷つけ、去って行ったと思っていたみたいです。だが私には、ハンナは深く彼を愛したため、かえって自分が彼にふさわしくなく、彼の勉学の邪魔になると考え、彼の元を去って行ったと感じました。

自分が文盲だと知れるのが、怖かったのだとしたら、会社だけを変わればよかったのですから、最後にプールサイドの彼にお別れに来たハンナは、どんなに悲しかったことだったでしょう。ハンナは貧しく、ろくな教育も受けられず、文盲だったようです。たぶん小さい時から文字の読めないことでいじめに会い、馬鹿にされたのだと思います。それでプライドの高い彼女は、文盲がばれることに非常に恐怖感を持つようになったと思います。

よい職種に就くことを諦め、不当な判決を受けることになってしまい、可哀そうでした。主人公もハンナの文盲のことに気が付き、裁判官に知らせるべきか、ハンナにアドバイスすべきか悩みましたが、結局ハンナの意志を尊重して何もしないことにしました。このことは、何よりも個人の自由意思を尊重する白人らしいと感じました。私なら助けようと行動すると思います。

それと主人公が、ゲルトルートとの結婚生活がハンナと比べ、何かが違うと感じ、娘の悲しみを知りながら、自分の気持ちを優先させ離婚してしまったこと、私なら妥協して生きるべきだと考えるのに、ここも自我を大事にする西洋人と感じました。

裁判も私には、命令で体の弱ったものをアウシュビィッツに送るよう命令されていたハンナに罪はないと思いますが、たとえ命令でも拒否すべきと考える西洋人には、有罪だったのでしょうか。戦争犯罪を自ら裁く彼らと水に流す文化の日本人との差を感じました。主人公たち若いドイツ人が戦争犯罪を恥じ、親たちに反感もつところが、私たちの世代と共通の認識を持っていることを知りました。

ハンナを裁判所で見たとき、あんなに恋したハンナを、麻痺したように何も感じなかったと有りました。良く言えば大人になった、冷静になったですが、悪く言えば、身を守るため、一途に愛することを避けるようになったと思いました。作者は恋愛をよく知っていると感じました。

ハンナが裁判官に、「あなただったら何をしますか?」と言ったのが特に印象に残りました。裁判官も答えに窮したようですね。アウシュビィッツに送るのが任務で、送らなければ罰を受けるかもしれない彼女たちに、どうしたらいいか、明確な答えは出せないと思いました。

主人公は服役のハンナにカセット送り続け、ハンナは彼の好意に答えようと、字が書けるようになり、手紙を出しつづけ、彼の手紙を待ち望んでいた彼女を、とても可哀そうに思いました。

彼には、今の距離のある関係が心地よく、心の平静が保たれると思っていたようです。ハンナが釈放されるとの連絡で逢いに行きましたが、18年の牢獄の歳月が、彼女を深い皴と老人のようなにおいに変え、彼は彼女の喜びに答えてやれなくなってしまいました。彼女もそれを感じたようです。まことに月日の残酷さを感じました。

プライドの高い彼女には、彼の憐みは受け取ることが出来なかったことと、自分が彼の邪魔にならないよう身を引いた愛を貫くため、自殺をしたような気がします。彼女の恵まれない境遇や不運、彼への愛の深さに同情と悲しみを感じました。自殺はキリスト教では、禁止されていますが、彼女の彼への愛の思いを哀れみ、神様は彼女を暖かく迎えてくれると思いたいです。

彼女は、文学を理解でき、仕事も立派にこなし、リーダーになれる能力のある賢い人だと思います。それゆえに文盲であったことが、彼女を不運に導いたようです。それでももっと上手く立ち回れば、このような長い刑期を受けなくて済んだと思いますが、正直でプライドが高い彼女には出来なかったのだと思います。

 彼女は自分らしく正直に自分の生き方と彼への愛をつらぬいて立派と思いますが、あまりにも悲しすぎると感じました。彼女は彼と、あの時代に帰れると信じたい気持ちです。

 

【みんなの感想】

・ヨーロッパの階層社会を感じた。展開の仕方が推理小説的。ハンナの文盲もはじめは伏せられている。ミヒャエルが何故ハンナに会いに来なかったがわからない。
・女性の訳者で,読みやすかったし、風景や心理がきれいに描写されている。自殺の心理。相手に世話をかけたくないし、若いままの思い出を残しておきたかったのでは?

・青春のカ、輝きを感じた。奇麗でいやらしい感じはなく、純粋さを感じた。裁判所ではからずも昔の恋人に会った時は、日本人なら知らぬ振りをすると思う。そうでないのは、ドイツ人のナチへの批判が強いと思った。朗読の世界での二人の結びつきがあまりに強く、そのために自殺したのではないか。

・ハンナは文字を知り、文献を読むことで、罪の意識を感じるようになった。出所して新しい人生を生きることはできないと感じ、自殺したのでは?。最初は情痴小説的だったが、急にアウシュビッツの話になり、その展開の落差に驚愕した。プライドの高いハンナは文盲であることを恥じ、自ら罪を引き受けた。

・昔、読んだときは最初の一部だけ読んで、そのひどさに辟易し、中断しまった。ハンナが字を覚えてから、急に太ったり、悪臭を発するようになったのは、自分の罪を自覚し、そのレベルにまで自分を下げようとしたのではないか。しかし、主人公が万引きするような場面があるが、その意味が分からない。やはり2回読まなくては?

・裁判で、みんながマヒしているという表現があった。人を裁くのも、自分の捕虜虐待の行為も、良心のまひだったが、ようやく罪の意識に目覚め、自殺したのではないか。

・日本人としては、過去の極東軍事裁判のことはあまり考えたことはなかったが、きちんと反省しているとドイツ人はすごい。自殺は、字を知るにつれて、罪の意識を感じ、将来のことを考えた時、死んだほうがいいと思ったのでは?ハンナは、ミヒャエルが男として初めて知った女性である。彼女に朗読テープを送り続けたのは、青春の証しではなかったか?

・自殺の原因は何かというとき、著者の創作方法のことを考えてしまう。生きて、平凡な人生を歩ませるより、ここで死なせたほうがずっと感銘を与えると思ったのでは? 朗読者という題名について思うことは、朗読は音声で意思伝達をするが、昔はこれがすべて。しかしやがて文字文明になったが、ハンナは文字を覚えて、果たして幸福になったかという文明批判も感じられる。自殺については、ナチ批判をしたフロムの『自由からの逃走』を思い出す。刑務所は不自由だが安定している。しかし外は自由だが不安定で、競争社会では孤独だし、その恐怖心から自殺したのではないか? 多くの問題を含んでいるが、作者は結論を出していない。すべては読者の判断に任されている気がする。