レジュメ 中島 敦 『山月記』 
                              H.26.11.10 報告 安藤 なが子


【略歴】

 中島家は代々、日本橋新乗物町で駕籠を製造販売する商家であった。

 敦の祖父、中島慶太郎(号を撫山)は漢学塾「幸魂教舎」を開いていたし、父、中島田人も漢学者で、銚子中学校(旧制)で漢文の教員をしていた。父方の兄弟はみな漢学を修めて世に出ている人が多かった。このような家庭環境の中で、敦は漢学の素養を深めていったと思われる。

 生母、チヨは旗本の家柄で、警察官をしていた岡崎勝太郎の一人娘。小学校教員も一時していたとされる。

 深田久弥とは深い交友がありその推薦で、デビュー作の『山月記』と『文字禍』(発表時の題は二作まとめて『古譚』)が、続けて『光と風と夢』が発表された。しかしその年に、気管支喘息悪化のため早逝した。

 『李陵』他の作品は、遺作として没後発表されている。いずれも漢文調の端正な文体と、ユーモラスに語る独特の文体を巧みに使い分けている。

 没後1948年、中村光夫らの編纂で『中島敦全集』全3巻が筑摩書房から刊行され、毎日出版文化賞を受賞。以後、国語教科書に『山月記』が多く掲載されたため広く知られた作家となる。


【年表】

1909年5月5日: 東京府東京市四谷区箪笥町59番地で、父中島田人、母チヨの長男として生まれる。

1911年8月:父母の離婚により、2歳から6歳まで埼玉県で祖母に育てられる。

1915年3月:父の任地の奈良県郡山町に移り住み、前年に再婚していた継母のカツに14歳まで育てられる。

1918年5月:父の転任に伴い、静岡県立浜松尋常小学校に転入する。

1920年9月:父の新しい赴任先の朝鮮に渡り、朝鮮京城市の小学校に転入する。

1926年3月:京城中学校を卒業すると、上京し第一高等学校に入学する。

1933年3月:東京帝国大学国文学科を卒業する。卒業論文は「耽美派の研究」。同大学大学院に進む。研究テーマは「森鴎外の研究」。この頃ダンスホールや麻雀荘に入
り浸るなど、奔放な生活をしている。橋本タカを妊娠させ、紆余曲折を経て結婚、そして大学を卒業する。

1933年4月:私立横浜高等女学校(現横浜学園高校)に赴任、国語と英語を教える。

1941年?月:教職を辞し、パラオ南洋庁へ教科書編纂掛として赴任する。

1942年3月:戦争の激化により帰国する。

7月:帰国後は喘息と闘いながら『古譚』『光と風と夢』を『文學界』に発表、後者は芥川賞候補となる。

12月4日:気管支喘息で死去する。享年33歳。

『李陵』他いくつかの作品は、遺作として没後発表される。


【あらすじ】 

 非凡な才能に恵まれた朧西の李徴は、年若くして難関である国家官吏の採用試験「科挙」に合格したが、性格は頑固で人と馴染まず、また下っ端役人でいることが我慢できずにしばらくして退官した。詩人として名を成そうとしたが、詩家として認められることも出来ず、再び官吏の道に戻った。しかし、かつての同輩はすでに高位についていて、自分はその配下にならなければならなかった。

 俊才李徴にとっては耐え難いことで、ある日出張先で夜中に発狂して、宿を飛び出し、駈けているうちに虎に変身してしまう。

 一方、勅命を受けて嶺南に出張したかつての同輩袁傪が、途中の宿で駅吏から「これから先は人食い虎が出る」と聞くが、お供がいるのを頼みに、早朝出かけると、案の定、虎が現れた。が、「危ないところだった」という声が森の中から聞こえ、袁傪はそれが李徴の声と気づき、互いに久闊を述べ合うと、李徴は虎になった経緯を切々と語った。

 泣き泣き別れた袁傪ら一行が、丘の上から草むらを振り返ったとき、草の茂みから一匹の虎が躍り出て、白く光を失った月を仰いで咆哮し、草むらに入って、再び姿を見せなかった。


【人虎伝と山月記】

 中島敦は、この『山月記』を唐の李景亮の『人虎伝』に触発されて書いたという。『人虎伝』の現代語訳は『国訳漢文大成』(ネットに公開)に納められていて、それを読んでみると、『山月記』が『人虎伝』のストーリーを踏まえていて、大筋では同じであることが知られる。

 ただ『人虎伝』と違って『山月記』では、李徴の袁傪に対する思いや虎になってからの自分の心の動きなどが細かに書かれていて、それが現代人の心理にも通じるものとなっていて、格調の高さを感じさせる。

 二つの書の主な相違点を挙げれば、『人虎伝』では、李徴が旅に出てある宿に泊まったとき、病にかかって発狂し、いつの間にか虎になっていたと書かれている。そして一人の婦人を食べたのが始まりで、次々と人間と言わず動物と言わず、手当たり次第に襲って喰った様が赤裸々に描かれている。

 その点、『山月記』では、宿に泊まったとき、夜中目覚めると誰かの呼び声がし、その招きに応じて走っているうちに、いつの間にか虎になっていて、気づいてみれば一匹の兎を食べていた。それ以後「どんな所行をし続けてきたか、それは到底語るに忍びない」とだけ記していて、『人虎伝』ほどの残虐性は見られず、全体が詩情さえ感じる描写になっている。

 また『人虎伝』では、李徴が人間であった頃の一つの事件を袁傪に語っているが、それは李徴が恋をした未亡人に、その家族の反対のために会えなくなり、腹いせに放火して一家を皆殺しにしたことである。李徴はこれが自分の虎になった理由として思い当たるといっている。

 しかし『山月記』では、李徴はそのような悪逆非道な人間ではなく、詩人になり損なった運命をそのまま受け入れる気弱な男である。そこには、作者自身が背負った生い立ちや、病弱によって受けた苦難が背景にあると思われる。ただ虎になった理由として考えられることは、人間であった頃、人との交わりを避け、自分一人の世界にだけ生きていたことではないかと言う。それは、自分の中の「尊大な羞恥心」のなせる業であるが、それが心の中で言わば猛獣となって妻子をはじめ周囲の人たちを苦しめ、ついに自分自身の身体までも「内心にふさわしいもの」すなわち猛獣の虎に変えてしまったのではないかとしている。

【感想】            安藤 なが子

 中島敦は李徴の性情描写について、普通は「尊大な自尊心と臆病な羞恥心」というべきところを「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という逆説的表現を用いています。李徴が自尊心を人に見せることを臆病なほどにためらい、また羞恥心そのものを恥じるが故にかえって尊大な態度になってしまうという、矛盾した性格の持ち主であることを、作者は見事に表現していると思います。

 このような表現の工夫や風格のある豊かな語彙が散りばめられ、俗事には触れず、主に心理面の追究に徹しているところは、『山月記』の『人虎伝』と似て非なる品格の高さを感じさせます。また、物語の後半は早朝の山中が舞台になっていて、閑けさの中に悲哀、苦渋、悔恨、それに対する友情などが凝縮して語られ、一幅の絵を見るようで、まことに味わい深い作品になっていると思います。

 人間が虎に変身するということは、常識ではあり得ないことで、あくまでも寓話に過ぎないですが、読むもの誰しもが、人の気持ちの中には猛獣が住んでいるという李徴の言葉に、思い当たるふしがあるような気がして、同情すら感じます。

 漢文調の文体で、難解な言葉が頻出しますが、テンポと切れ味が良く、一字一句は理解できなくても、物語のあらすじは掴むことができ、そのうえ格調高い文体なので、繰り返し読んでも飽きることはありません。声を出して読むと、心地よささえ感じることから、朗読向きの作品だとも思います。


【感想】           川地 元康

山月記を読んで、悲しくて不思議な物語だと思いました。短い物語ながら、作者の人を見る目、世の中を見る目の確かさが感じられます。

李徴のように、優秀で、周りから賞賛を受けた若者が、舞い上がり、同僚や上役が鈍物に見え、世事にたけた大官が俗物に見えたりするのは、一般に若者が落ち入りやすい人生の罠です。人見知りの李徴は人と交わらず、自分の力を過信し、自分だけの考えで詩家をめざしたのですが、残念ながら成功できませんでした。

ここまではよくあることで、そこで反省し、人生をやり直せばよかったのですが、かつての栄光が邪魔をして、同輩の下命を拝さなければならないことや、詩家に成ることの失敗した自分が許せなく、トラになってしまいました。

李徴は精神を病んだのでしょうか、トラになってしまえば、自分は苦しみから解放されると思う一方で、人間でなくなることを恐れています。作者は、人間が矛盾した生き物であることを知っているようです。李徴もまた、自分は平穏を願いながら変化することも顧う矛盾した生き物であることを知っていました。また彼は、自分の失敗は師にも就かず、詩友と交わり互いに切磋琢磨することもしなかったこと、そして自尊心がありながら臆病だったことなども、じゅうぶん知っていました。

おそらくはそれが正しいと思います。私も若いとき職場で成績が上がるとすぐ舞い上がり、上役が愚鈍だと思って、よくぶつかり喧嘩したものでした。しかし、上役には長い経験が有り、良いところがあったことも、人生の後半になって判りました。

私も対人恐怖症だったので、李徴の気持ちがよく分かります。若いころは自分一人の力で、仕事をこなそうとしました。でも、人生の後半になり、失敗の積み重ねで、サラリーマンの仕事は団体競技であることが判ってきました。同僚と話すことで、いいアドバイスやヒントを得たり、慰め合ったり、協力し合ったりして、互いに成長できることもわかりました。上役も、やはり出世して上役になったということは、必ずいいところが有るからですね。必ずしも仕事が出来るだけでなく、みんなと良好な関係を築けることの方が大事なこともわかりました。自分の意見を通したいとき、一人では駄目であっても、仲間がたくさんになればその意見は通りやすいこともわかりました。パートのおばちゃんも、素晴らしいアイデアを出してくれて、ずいぶん助かりました。でも、これは会社勤めも終わり頃になって悟ったことです。このように人を総合的に見ることが、若いときは出来ませんでした。しかし、作者はずいぶん若いときに、それがわかっていたのですね。

李徴の詩に、少し物足りない所が有ると書いてありますが、私の娘が油絵をしていますが、出来がいいと思い先生に見せると、これは類似の作品が多いので、もっとオリジナティのある独創的な絵を描きなさいとよく言われます。プロとして自立するには、人をハっとさせる作品が必要のようです。李徴はそうしたアドバイスを、先生がいれば受けられたかしれませんね。そして最後に、李徴は出世よりも、妻子の方がもっと大切だったと言っていたのが、印象深く心に残り、この作品を救いあるものにしています。短いけれど、人生の教訓が詰まった作品だと思いました。

李徴の詩に、少し物足りない所が有ると書いてありますが、私の娘が油絵をしていますが、出来がいいと思い先生に見せると、これは類似の作品が多いので、もっとオリジナティのある絵を描きなさいとよく言われます。プロとして自立するには、人をハっとさせる作品が必要のようです。李徴はそうしたアドバイスを、先生がいれば受けられたかもしれませんね。そして最後に、李徴は出世よりも、妻子の方がもっと大切だったと言っていたのが、印象深く心に残り、この作品を救いあるものにしています。短いけれど、人生の教訓が詰まった作品だと思いました。


【出席会員の感想】           記録  清水 悦子

*作者が好きで、息子に敦と名をつけたほど。虎になるのは第三者的な視点。自分の一生を反省する。出世と才能の狭間で人生を考える。若い人のみならず自分の人生を振り返る時、参考になる。

*作者は昭和17年に亡くなった。その時、私は14歳。中2を終え陸軍幼年学校全寮制に半年入ったらそこが閉鎖になり再出発した。共感を覚えた。登場人物が二人のみ。心の動きがよくわかる。感想の7行目が自分にピッタリ。陽があたらない人生かと思ったが今、あたることに感謝。

*漢詩が好き。漢文で感動し、朗読テープを聴き、なお感動した。反省して虎になったが、切磋琢磨しなかった。はるかに才能の低い人が出世したのは教訓を感じる。油絵を20何年描いている。最近、現代絵画を観るとついていけない気がしてマイナス思考になっていたが、切磋琢磨していく。

*しっかり読んだのは初めて。人間が動物にかわる話はカフカの「変身」を思い出す。カフカは気味悪かった。「オオカミ男」はグロテスク。この小説は格調高く、響くものがある。家族のことを心配し、迫ってくるものがある。いい作品に巡りあえた。

*わからない漢字を辞典で調べた。「羞恥心、臆病な自尊心」で自分の心を振り返る。思いあたることがあり、自分の心を振り返る。難しい作品。まとめ方が勉強になる。

*初めて読んだ。すばらしい人、勉強になった。いい小説。「人虎伝」がベース、漢文の素養があることを知った。発狂して李徴の悲しさ、哀れさが伝わる。袁傪との美しい友情が印象的。対比が美しい。中国の険しい山など風景が浮かぶ。教訓として、才能があっても磨かねばダメ、一番気になったのは、李徴がまだ覚えている詩を言い、袁傪が書き写す。一流であるが、微妙に違うと思う。

*若い頃は怖い気がしたが再読すると、哀れさ、悲しさ、人生を感じさせる。漢学の素養があり登場人物が二人のみで、短編小説の極意を感じた。長生きしていればもっと作品を読むことができたのに残念。最近物忘れが多いので、認知症も、今までのことを忘れていくという意味で、同様かと思う。朗読が良かった。

*自分の人生と重ねられているのが興味深い。親友との関係で、李徴は虎の姿を借りて自分の本音を語っている。現代風に解釈すると自分の思いを虎の姿を借りて言う。虎が言うことを人間が反省させる。悪と良心の間で成長することと同じ。若者特有の思い、石川啄木の「友がみな我よりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ」のようだ。

*カフカの「変身」、ガーネットの「狐になった奥様」を思い出した。比べ合わせるとぴったりくる。カミュの「異邦人」はぴったりこない。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」は、シャイな所、プライドなど、私のこどもの時にぴったり。漢学者の家、漢語が好きで使用している言葉は辞書に出て来ない。簡潔、端正で、朝鮮の静かで研ぎ澄まされた磁器を感じる。両親の離婚で楽しい家ではなかった。祖母に育てられた井上靖、親が破産した谷崎、孤児の川端、養子に出された漱石など幼児の不幸が作家に必要か。

*大好きな作品。教訓があり、何度読んでもよい。

                 ホーム へ