【レジメ】 浅田 次郎 『獅子吼』  報告  信藤 もとこ   2016.7.11


【あらすじ】

 獅子である私は、草原の水場で人間に捕らえられ、檻の中で暮らしている。父に決して瞋るな。飢えたくなければ瞋るなと教えられていたので、人間の与えてくれた幸福を素直に享受していた。妻をめとり子を授かった時には、心から感謝した。しかし、子が売られていき、妻は嘆き悲しみ、食を拒み、飢えて死んだ。

 農学校で畜産を学んだ草野は西山動物園に就職するが、18歳で兵隊に召集された。ある日、炊事場から残飯を盗んだ罪で半殺しの目にあわされる。それは、飢えた動物たちに食べさせようとしたのだが、准尉に問い詰められ、射殺を命令される。炊事場の大川軍曹は、「動物園がなくなったら子供は、平気で人を殺すような大人になり、平気でまた戦争をするぞ」と嘆く。

 らくだが私(獅子)に話しかける。鴎に聞いたが艦砲射撃で製鉄所の女学生が皆殺しになった。らくだは言う。「唸ってばかりいないで吼えてみたらどうだね」と。しかし、父の教えを守り瞋りの感情を忘れてしまっているので、吼えてみようとしたが、圧し殺した唸り声が唇を震わせるだけだった。

 草野は射撃の訓練を受けたことがなく、実弾で撃つのは初めてだった。鹿内兵長は逃げ出したら草野を撃つという。兵長も同じ畜産科の卒業生だった。

 私(獅子)は銃を持った人間がやってくるのを見たが、その声に聞き覚えがあった。二人が見晴台に現われた時、私は洞の中で身を起こした。草野君や鹿内君の手にかかって死ぬのは本望だと思う。

 鹿内が草野に射手を代われという。鹿内は杉林の中で隠れて泣いた。

 二人は私の名を呼んだ。「ボース!」。私は巌の上に立った。鹿内君、何をためらうのだ。

 私は勇気をふるわねばならない。愛する人間たちのために吼えねばならぬ。

 私は、瞋った。掟を破ることが獅子の尊厳を保つと信じて。


感 想】

 この作品にはぐいぐい引きつける魅力があり、一気一機に読みました。浅田次郎の文筆力だと思います。獅子を主人公にして、獅子を擬人化しての戦争批判は巧みで驚きました。

 最後の場面では、獅子の誇りと射殺する飼育員の悲しみが伝わり、しばらくの間、感動の余韻が頭の中に残りました。

【浅田次郎について】 (ウィキペディアより抜粋)

 1951年(昭和26年)12月13日生まれ。血液型 A型。2011年、日本ペンクラブ会長。2013年現在、直木賞、柴田錬三郎賞、山本周五郎選考委員。

 父は戦後のどさくさの闇市で成金になり裕福な家庭で育ったが、9歳の時に家が破産し、両親が離婚した。母と兄の三人暮らしとなる。

 陸上自衛隊に入隊。大学受験に失敗し食い詰めて自衛官になったと告白している。1973年春、小説家になるという昔からの夢を叶えるために除隊。

 婦人服販売会社を営む傍ら、雑誌ライターとして、様々なテーマの記事を書きながら投稿生活を続け、1991年、「とられてたまるか」で作家デビュー。

 悪漢小説や時代小説、清朝末期の歴史小説も含め、映画化、テレビ化された作品も多い。

 

【受賞歴】

1995年 「地下鉄に乗って」で第16回吉川英治文学新人賞。

1997年 「鉄道員」で第16回日本冒険小説協会大賞特別賞。及び第117回直木三十五賞。

2000年 「壬生義士伝」で第13回柴田錬三郎賞。

2006年 「お腹召しませ」で第1回中央公論文芸賞。及び第10回司馬遼太郎賞。

2008年 「中原の虹」で第42回吉川英治文学賞。

2010年 「終わらざる夏」で毎日出版文化賞。

2015年  紫綬褒章

       

【人物及び作風】

 子供の頃から読書好きで、小学生の頃から図書館で借りた本を読んで翌日には返すというパターンで一日一冊の読書生活になった。学校から帰ると作品を書き写して文章力の向上を図り、時には自分好みに結末を変えたりするほど小説という虚構の世界が好きだった。

 大の競馬好きで競馬予想家として生活し、競馬の収入と小説の収入が拮抗していた時期もあり、馬も所有していた。週末は競馬場へ通う。

 ヘビースモーカーで喫煙者の立場から喫煙の権利を訴えている。

 暴力団・窃盗犯などのアウトローに対し、ユーモアやペーソスを交えながら肯定的に描くことが多い

 平成の泣かせ屋の異名を持ち、人情味あふれる作風に特徴がある。




【みんなの感想】  記録・文責  安藤 邦男

・この作品は私が今まで読んだ本の中で一番良かった。動物を虐待する人間のエゴや戦争のむごさが描かれていて、深く感動した。

・ストーリーテラーとしての才能に感心した。書き出しがうまい。人間かと思ったら、獅子の話だった。全体に人情味あふれる作風で、作中の下士官もそれほどひどくは描かれていない。

・人間と獅子の会話からも判るが、動物の目を通して戦争の愚かさ、恐ろしさを訴えている。とくに人間同士が殺しあうのは自業自得としても、なぜ動物までも巻き添えにせねばならないか、疑問に思った。

・動物の射殺を命じられた飼育員の悲しみが描かれ、そこからも戦争の非人間性を強く感じ、感動的な小説だったと思う。

・動物好きな私は、名古屋の動物園の話もあって、戦争の爪痕は至る所にあると思うと、あまりに可哀想で、途中で読めなくなってしまった。

・名古屋の場合は象が生き残って、戦後全国から象列車を仕立てて象を見に来たが、歌にも唄われている。

・うまい小説で、最後まで読ませる。人情話の得意な作者だけに、描かれた人物には悪者がいない。みんないい人ばかりである。・東北弁が面白い。

・動物園で見る飼育されるライオンは、餌が与えられ幸せなのか、檻に閉じ込められて不幸なのか、いずれにも感じられる。

・ライオンと兵隊の話が、交互に出てくるのは、先月読んだ『錦繍』の元夫と元妻の手紙が交互に並べてあるのと同じで、物語が立体的で深みを感じさせる。


【わたしの感想】  川地 元康

 短いながら戦争の悲惨さ、悲しみ、理不尽さが、伝わってきました。主人公の獅子に人格を持たせることにより、子供を引き離された悲しみ、絶望する妻をどうすることも出来ず,餓死させてしまったこと。戦争のため次第に食事の質や量が落ちてゆき、じりじりと飢えていくことの苦しみ、自分たちを愛し世話を焼いてくれた飼育員によって、銃殺されていく理不尽さ。それでも怒らず、誇り高く自ら洞穴から出て、死に赴くことにより、この戦争の理不尽さをいっそう際立させていました。

 西山動物園の飼育係だった草野二等兵、鹿内兵長に彼らの動物への愛情を知りながら二人に動物の銃殺をあえてさせたのは、准尉の嫌がらせではなく、愛情だった気がします。騎兵連隊では、馬が骨折した時は、馬が苦しまないよう、銃殺するのが、愛情とされていたからです。動物がじりじり餓死するより、銃殺するのが、動物への愛情と、准尉は考えた気がしました。

 艦砲射撃でたくさんの女学生が皆殺しになった話が、戦争の悲惨さを感じさせます。まだ年端のいかない若い女性が犠牲になるほど悲しいことはありません。

 私の父は無口でしたが、名古屋の愛知時計の爆撃でたくさんの女学生が亡くなって、後片付けに駆り出され、その後思い出すと食事がのどを通らなかった話をしてくれたことを思い出しました。米軍は作戦でいったん通り過ぎて、空襲警報が解除され、人々が職場に戻ったところを、Uターンしてきて爆撃していくと聞きました。工場を破壊するついでに、出来るだけ人的被害も最大になるよう計算していたようです。まさに殺し合いが戦争です。
 
 実父はこの話だけでしたが、義理の父は4年中国で戦ったので、いろんな話を聞きました。最初は銃を撃つのが怖かったのが、次第に慣れてそのうち当たるとうれしくなっていったこと、一日に何十キロも進軍する時は、弾薬食糧は捨ててしまい、出来るだけ身軽で歩くこと、食糧は現地で民家に押し入って奪うこと、正直に全部の荷物を持って進撃して、倒れてしまい、それで行方不明になった人が何人もいたこと。撃ち合いになり、すすめの命令に、正直に進撃してたくさんの人が亡くなったこと。
すすめと言われたら、むしろ少しずつ下がらなければならないこと、周りの戦況を十分観察してから、安全と分かったらそこで初めて進撃すること、撃ち合いになったら、命に係わらない部分はむしろ撃たれた方がいいこと、負傷すると内地に帰れること、そのためわざと手や足に弾が当たるようにして、名誉の負傷で大手を振って帰った人がいたこと。戦争は正直者、命令を素直に聞くものなど、どちらかというといい人を戦死させ、ずるがしこい人ばかりが生き残ったことを話してくれました。たぶん娘婿の私が大人しいのが気になり、生きることは正直ばかりじゃなく、たまにはずる賢く生きねばならないことを私に教えたかったような気がします。

 それから、捕虜を管理していた時の話で、ふつうは作業場に連れて行き連れて帰りますが、あるとこへ連れてゆくと、全員帰ってこなくなり、不思議に思っていましたが、人体実験をしていたことが戦後しばらくたって解り、謎が解けたこと。戦地では食料を求め民家によく押し入ったこと、その時金銀宝石を奪った人が少なからずいたこと、その略奪品を買い取る業者がいたこと、戦後こうした業者が多額の利益を基に政界、財界、右翼の陰の黒幕となって活躍したことなど、私に話してくれました。こうした戦争という殺し合いの中、人の命などなんとも思わないようになってゆき、相手国においても、民間人への無差別爆撃、原爆の投下となっていったようです。

 獅子は父から、瞋るな!と教えられたようですね。瞋りは冷静さを失ってしまい、危険だから真に的確な教えですね。私は義父から、「三ずの教え」を教えられました。「金貸さず」、「実印押さず」、「役引き受けず」と教えられました。どんなに親しい人でも、親の遺言だからと断れと言われました。おかげで二度大損することから逃れました。感謝しています。役を引き受けると自分の時間をとられてしまうからと言われました。

 瞋りについては、子供の夜尿症とトイレが使えなく、いくら言っても治らなく困っていたとき、粗相をしたとき妻が怒って子供のお尻を思い切りたたいたことがありました。でもおかげで、以後悪い癖はぴたりと止まりました。この怒りは実にすばらしく、母の愛だと今でも思っています。本を読み、改めて戦争は避けねばならない、と思いました。

  
 【お わ り】