レジメ 宮下奈都『静かな雨』 報告 岡本恵子  
                         
                             平成29年4月10日
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【略 歴】(ウィキペディアによる)

宮下 奈都(みやした なつ、1967 - )福井県生まれ。福井県立高志高等学校卒業。上智大学文学部哲学科卒業。2004年:3人目の子供を妊娠中に執筆した「静かな雨」が第98回文學界新人賞佳作に入選、小説家デビュー。
2010
年:「よろこびの歌」が第26回坪田譲治文学賞の候補となる。
2012年:『誰かが足りない』が第9回本屋大賞で第7位を受賞する。
2013年:1年間、北海道新得町に家族5人で山村留学を経験。
2016
年:『羊と鋼の森』で第154回直木三十五賞候補、第13回本屋大賞受賞。
     キノベス第一位。プランチブックワード賞の三冠を受賞する。

【その他の作品】

○遠くの声に耳を澄ませて  ○ふたつのしるし  ○よろこびの歌  ○誰かが足りない

○太陽のパスタ、豆のスープ  ○たった、それだけ等  ○田舎の紳士服店のモデルの妻


あらすじ】

初めての雪が降った今年の冬のクリスマスの日行助(ユキスケ)の会社が倒産した。その帰りいつも気になっていたたい焼きやに立ち寄る。年が明けすぐに仕事をみつける。大学の先輩の研究室の助手になる。仕事についた後も時々たい焼きやに立ち寄るようになる。ある朝たい焼きやのこよみさんは交通事故にあい病院の集中治療室に運ばれずっと目をさまさなかった。3ケ月と3日眠り続け目をさましたが、高次脳機能障害と診断された。短期間の間しか新しい記憶を留めておけない状態だと知る。行助はこよみさんを呼び寄せ二人での生活を始める。しばらくすると反対していた母や姉もこよみさんにひかれる。こよもさんの本棚に同じ本が2冊、借りて読んでみると記憶力をなくした数学者の話だった。こよみさんんはこの本をどんな気持ちで読んだのだろう。日々の暮らしの記憶が積み重なって人間がつくられていくのに二人の間にはそれが出来ない行助は人間は記憶だけで生きているのではないのかと思う。二人でお月見をしながら今の時間の中で二人で生きて、今が続いていくよう月に願った。雨が降り続いている中でこよみは静かに泣き続けている。二人の今は記憶からこぼれても行助とこよみの中に残り育っていくのである。

【報告者の感想】 岡本恵子

今を受け入れて生きていく日常の幸福を感じる。
行助も家族も心の温かさがかいまみられて、真っすぐの心に感動する。読みすすむうちに、心と頭がクリアでピュアになっていくように感じられ、静かな読後感でした。

【みんなの感想】 文責 安藤邦男

・さわやかでピュアーな作品。サンテグジュペリ―の「愛は見つめ合うことではなく、二人で同じ方向を見つめることだ」を思い出した。哲学の専攻らしい思索的な文章や、感覚的に冴えた文章もいい。
・美しい文章。語り手の相手のへの愛も素晴らしい。人間は記憶でできている、という文章もいい。記憶の意味を読者に問うた作品だと思う。パチンコ屋と鯛焼き屋の取り合わせが面白かった。ただやや現実離れをしている。

・メルヘンの世界で、現実味がない。「僕」の両親が「こよみさん」に惹かれる心理が不明。小川洋子の『博士の愛した数式』の二番煎じの気がした。だが作者はここから名作『羊と鋼の森』へと進化を遂げた。二人が身障者であったことが心に残る。
・相手に記憶が残らない関係は切ない気がした。純愛小説というより、プラトニックラブを描いた小説か。読後感はすがすがしくよかった。
・優しい本だと思った。こよみさんの本心が最後まで分からなかったのが残念。文章が哲学的だと思った。障害者の世話をしているが、その精一杯な生き方はこの小説に通じる。
・全体が静かな雨に相応しい内容だと思った。登場人物がみんな優しくて、最後まで気持ちよく読めた小説だった。
・語り手は「僕」という男だが、彼は言うことや感じることのすべてが女性的。男になりきれていない作者の弱点が見られる。全体が観念的で、作り話的だが、記憶と人間、記憶を失った人間とは、というテーマを取りあげ、考えさせる小説ではある。
・丁寧な描写に感心。人格描写などはサラッとした筆致で上滑りの感があり、そこに皆さんの不満もあったようだが、それがこの小説の持ち味でもある。
・「静かな雨」のタイトルで作者は何を言おうとしたのか、今思うと主人公の記憶が流れていってしまうという状況を雨に喩えたのではないかと思った。
     終わり