推薦したい読書

                                 安藤 邦男

百田尚樹『永遠のゼロ』(講談社文庫)(200万部以上販売)

あらすじ

大学生の佐伯健太郎と、出版社に勤める姉の慶子は、祖父の賢一郎から実の祖父の宮部久蔵の存在を知らされる。太平洋戦争後、祖父の母の松乃は祖父の妻の清子を連れて祖父の健一郎と再婚する。憲太郎と慶子の実の祖父は、特攻で戦死した海軍航空兵の宮部久蔵であった。

 ある新聞社の主催する終戦60周年記念のプロジェクトに参加して、憲太郎と慶子の姉弟は特攻隊員だった実の祖父・宮部久蔵のことを調べはじめるという書き出しで、この物語が始まる。

生き残った元航空兵の証言は千差万別、ある男は久蔵について「海軍航空隊一の臆病者」「何よりも命を惜しむ男だった」という。またある男は「飛行操縦については素晴らしい技術の持ち主だった」と褒める。

卑怯者となじられても「娘に会うまでは死なない」と妻に約束した久蔵は、遂に特攻に志願して死んでいく。そこには隠された秘密があった。

かんそう

ミステリー的。多くの人物がそれぞれ一面を語る。人間の持つ多面性。浮き上がる。芥川の藪の中を連想させる。百田氏はこの執筆のため、2~300冊の参考文献を読んだという。宮部久三は架空に人物だが、生き残り兵の口からは、実在に人物と同じだ,という感想が漏れたと,百田氏はいう。

 

村上春樹『1Q84』(新潮文庫・全3冊) 

あらすじ 

女主人公が渋滞する高速道路から下車して、下の道路に降り立つところから小説は始まる。そこが《1Q84》の世界である。彼女は、表はスポーツジムのインストラクターだが裏では殺人請負人である。もう一人の男主人公は予備校教師で小説家志望の青年である。物語はそれぞれが交互に語り合うという構成であるが、はじめ別々に語られていた事件は相互に関連があることが次第に明らかになっていく。

さまざまな事情を経て、殺人請負人の女主人公は幼児虐待をくりかえすカルト教団の教祖を殺すが、最後は《1984年》の世界へもどる。

扱う題材は、現代日本社会の縮図のような、宗教、暴力、殺人、不倫、幼児虐待などである。そして小説全体は、ジャンルの枠を超えたいろんな要素を兼ね備えている。謎が謎を呼ぶ意味ではミステリー、殺した教祖の部下に命を狙われる意味ではスリラー、セックス描写がふんだんにあるという意味ではポルノ、《リトル・ピープル》なる妖精じみたものが出没するという意味ではファンタジー、幼時から育みつづけた愛がついに成就するという意味ではラブ・ロマンスである。

かんそう

ファッション感覚のシャレた文体で、喚起するイメージは豊饒で深い。また比喩表現が意表を突き、《脳味噌の代わりに冷凍されたレタスが収まっているような頭》とか、《氷河の奥に閉じ込められた古代の小石のような目》とかいう、奇抜な比喩が随所にちりばめられている。

終末で、殺人者の女主人公がお咎めなしで日常の世界へ復帰するのは少々無責任な話だが、考えてみれば、正義が正義と対立し、一方の正義が他方の正義を否定し、抹殺さえするのが現代だから、作者は正が不正になり、不正が正になるその不条理を描きたかったと思われる。

NHKの「クローズアップ現代」では、作者は現代社会の持つ個人への圧倒的な影響力に対し、物語を対峙させ、その持つ力で人間性回復への道を考えさせたいという。

 木曽ひかる『出帆』(しゅっぱん)

あらすじ

福祉事務所で働く由紀と新任の健太は、ある日病院からホームレスが収容先のその病院で自殺未遂をしたという電話を受け、二人で駆けつける。中年のホームレスは坂井といい、病院の屋上で自分の服にライターで火をつけ自殺を図り、大やけどを負ったが、命には別状がなかった。面会し、いろいろ問い糾すと、坂井は以前の会社を不況で解雇されてからホームレスになったという。妻とは若いころ離婚し、子供には会っていないらしい。

由紀は、坂井が顔に包帯をしていて判らないが、ひょっとすると別れた夫かもしれないと思っている。また一方、健太も坂井は子供の頃別れて以来会っていない父親ではないかと思っている。

そんなある日、暴風雨が襲い、河原でテント生活をしているホームレスたちを由紀と健太が誘導したが、そんな騒動の最中に、坂井は病院を抜け出し,どこかへ行ってしまった。その夕方、二人は食事しながら、この社会の理不尽さを嘆きつつも、新しい船出を決意する。

かんそう

話の展開が巧みだし、構成も確かだと思った。またストーリーの背景をなす知識の正確だし、情景描写も素晴らしい。

また、取り巻く人物の性格も生き生きと描かれている。例えば、複雑なことにはかかりたくない中田係長とか、何事も自分の手柄にする古谷室長など、描写もうまい。

ホームレスの支援活動に携わった。清水さんならではの作品だと思う。

 木曽ひかる『同行二人』(どうぎょうににん)

あらすじ

 知多四国八十八カ所めぐりの添乗員をしている亜紀は今年35歳、7年前無精子症の夫と離婚し、今は一人で頑張っている。

乗客の中に、気がかりな母娘二人連れがいた。乗客名簿によれば、一人は28歳で沙織といい、もう一人は母親で55歳とある。彼女らはいつもバスの後部座席に座り、周りの人たちと交わらない様子だった。

 ある日のこと、昼食時の土産物店で、沙織を知っているらしい男が佐織に向かって「子供を殺した」と言った。影現寺に参詣したとき、沙織が突然人の群れから離れ、「死ぬ」と叫びながら走り出した。亜紀はとっさに後を追い、沙織を引き留め、抱きしめた。

 次の知多めぐりの旅のとき、沙織は亜紀に過去を打ち明けた。生後三ヶ月で死んだ子に、虐待の嫌疑をかけられたという。その後、夫とは離婚。父や兄とも疎遠ともいう。

 以後、母娘は現れず、そのシリーズは終了したが、ある日、亜紀は外出先で沙織に会い、彼女が福島の被災地へボランティアに行っていたことを知る。被災者を世話しているうちに、自分の方が励まされたという。別れぎわ、沙織は「わたしの同行二人は、亡くした子供のユウヤだったんです」と言い、被災地支援のボランティア活動に向かった。

かんそう

暗い、苦しい生活だが、新しい希望の芽生えを感じさせる結末がすがすがしい。また、知多四国八十八カ所めぐりについての情報や知識の豊かさには驚かされた。気がかりな藍田母娘の孤独な様子から始まり、話が展開する構成もうまいと思う。

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