安部龍太郎 『等伯』 解 題    若林 孝之


本作品選定の理由

1.地  縁: 能登 気比の松原 叡山(猿) 祥雲寺〔智積院)国立博物館 妙国寺と縁

.. 等伯との縁: 山根有三(美術史家 東大名誉教授 文化功労者受賞 真生流二代家元)

         日本画の代表的画家として等伯・宗達・光琳の研究 昭和22智積院火災時等伯作品搬出 

【梗 概】  

 奥山又四郎信春は11歳で長谷川宗清染物屋・絵仏師)の許へ養子に出され、そこの

娘、静子と結婚、久蔵をもうける。信春は実家の兄奥山武之丞から畠山義綱の起請文を

朝倉義景に届けることを命じられる。信春の不在時に長谷川家に集団の賊が押し入る。

 宗清は娘と孫を蔵に匿い自らは妻のお相と自刃して果てる。両成敗の仕置きで信春は

七尾から所払い。叔父長谷川宗高は静子に離婚を迫るが、彼女は絵の修業に京を目指す

夫に同行する道を選ぶ。しかし織田と朝倉・浅井の合戦が始まり、琵琶湖西岸の山道を選 

ばざるを得ず、妻子を敦賀の寺に預け、信春一人の道中となった。織田の関所を迂回し、

比叡山経由のルートを選ぶ。ところが叡山は戦場に転化していた。制止する源八と別れ,

東塔に様子を見に出かけた。争乱にまきこまれ防戦。子供を抱いた僧を救う。

やっと入京し、扇屋に仮寓、絵を描いて生計を立てたが、本法寺に移り日尭上人の肖像を描く。

さらに関白近衛前久に猶子教如を描くことを依頼された。石山本願寺で制作中織田軍の攻撃を

経験、「見えないものまで描き出そう」と悟り、難渋していた画像に魂が入った。

本法寺は前久の計らいで、後奈良帝の位牌安置の寺となり、安全性を高めたので敦賀へ妻子を

迎えに赴く。気比さん祭り見聞後、本法寺で三人の暮らし。織田軍の上京放火で寺を

脱出。途中、叡山での仇討ちを狙う雑兵たちに追い詰められるが、騎馬武者、前田玄以に

救われる。丹波の黒井城に避難中、光秀の丹波攻めがあり、丹後続いて堺の妙国寺に移って

日真上人の画像を描く。彼の説法を聞き共感、入魂の作となる。病篤き静子の里帰り(七
尾行き

を目指すも、途中、敦賀の妙蓮寺で静子は黄泉路に就いた。   


【著者略歴】

・安部龍太郎(1955 昭和30
~ )

・福岡県八女市 国立久留米工業高専卒

・大田区役所就職 図書館司書 次々と新人賞応募「師直の恋」でデビュー。

・「等伯」で
48回直木賞受賞。著書は「室町花伝」「信長燃ゆ」「道譽と正成」「蒼き信長」「義貞の旗」等。

報告者の感想】    若林孝之

 1 作者の等伯に対する「想いいれ」に興味あり転換で共通 釈迦 等伯 龍太郎

 2 上巻を要約するなら 「求道」と「愛妻」  下巻は「芸術完成」(悟道)と「嫉妬」

 3 歴史・地理事項を丁寧に叙述

 4 美術・宗教(法華経)の掘り下げが出来ている。(宮沢賢治を想起)

 5 平板にならぬよう筋たての工夫  功罪あい半ば やりすぎ 不自然

 6 権威への対抗 (狩野派) 拒否 (古今伝授への日真上人)

 7 信長の光と影 魔王 新社会作り 美の理解者(利休の賛辞(オマージュ)で表現)

 

【みんなの感想】       出席者全員(順序不同)

・戦国時代の厳しい状況や、競争があったから優れた絵が生まれたのだと思った。

むかし学んだ日本歴史を思いだし、楽しく読むことができた。

・京都の寺院などにある絵の見方をこの本から教えられて知識をもとに鑑賞したいと思った。

・当時の歴史がよく分かったし、若林さんの解説を聞いてさらによく分かった気がした。

・物語の冒頭にある畑山の起請文を届けることから生じる事意味があまりよく分からなかった。

・信春が仏を描くのも人と描くのもの同じだという言葉が心に残った。

・歴史をよく調べてあるなという印象を持った。また日本画は一発勝負だが西洋画は何度でも修正が効くという違いあると思った。

・日経新聞に連載中に読んだが、それほど興味がわかなかった。主人公の性格について行けない部分がある。

・絵の情熱はすごいが、夕姫など女性に対する態度の甘さの落差がありすぎて、興味を削がれた。『信長燃ゆ』のほうが面白い。

・まりに規模が大きいし、登場人物の多さや史実の複雑さが目まぐるしく読みづらい。

本の中身より、今日の若林さんの解説の方が良かった。

・歴小説をはじめて読んだ。富山の出身なので、地名が懐かしかった。南蛮貿易やイエス図解の知識を知って、興味がわいた。

・仏教の教えも面白かった。作中に絵を見て感動する場面があるが、絵にそれほど絵の力があるとは素人には思えない。

・吉川英治の宮本武蔵のように、人間的成長を遂げてゆくゲーテのヴィルヘルム・マイスターのような教養小説として読んだ。

・信長の描き方は天下を統一した人物としてではなく、比叡山や京都を焼きうちした非道者という観点からの描写が面白かった。


 

【わたしの感想】   川地元康

 小説を読んで初めて等伯を知りました。またその作品の大部分が、国宝、重要文化財に指定されている非常に著名な絵師であることも教えられました。

この物語が史実に忠実でありながら、不明の部分は大胆で波乱万丈の物語になっています。等伯の性格の設定は、革新的な絵を描き、狩野派に負けない絵を描いた人らしく、好奇心が強く、たとえ危険でも、いや危険だから余計見てやろうとすることになっています。このため、数々の苦難に会い、反省するも、また自ら危険に近づいてしまう、猪突猛進し、負けず嫌いの性格が素晴らしかったです。

時代が戦国時代、非常にエキサイチィングな時代で、歴史物語としても面白かったです。信長が最も苦難の時代、信長包囲網を打ち破るとき、武力だけでなく、天皇、将軍を利用し、策略も巧みだったこと、ポルトガル人も利用したこと、今までの権威など信じなく、現実的で、何が大切か見抜いていたこと、神仏の罰など無いことを知っていたこと、現代人のような感覚をもっていたこと、彼が長生きしたなら、もっと早く日本は近代化できた気がしました。

それと日蓮宗の事も詳しく書かれていて、その悟りの核心部分には興味を惹かれましたが、ただ難解で理解が出来なかったのが残念でした。

物語は次々困難、苦難が襲いかかり、一つ乗り越えるとまた次と、はらはらドキドキの連続で、非常に面白い物語になっています、

また夫婦の情愛の心温まる部分もあり、これも素晴らしい出来でした。また絵を描くときの苦悩、努力の部分にも惹かれました。とくに肖像画の部分は、その人の心の中まで描きだそうとするところが、本当にそのようなことができるのか、興味を持ちました。

この本では本能寺の変は、貴族たちの陰の働きかけが有ったとの立場をとっていましたね 。この件は諸説あるようです。

秀吉の平和が来て、絵に集中出来ると思ったら、狩野派との確執が生まれ、等伯の名声が上がったため、その嫌がらせは一層激しくなり、わいろ、付け届、人脈の利用、嫌がらせ、悪口など、これと闘う等伯、時には単身敵陣に乗り込んだりして、はらはらする物語になっていました。

物語は永徳を悪党とはせず、狩野派を背負っているため伝統の形式から大きく外れることが出来ず、多くの弟子と狩野派の家を守る責任に押しつぶされたように永徳を見ており、好感が持てました。かつて城主の娘、美貌の夕姫、その怪しい魔力に、近づいてはいけないと思いながら惹かれ、彼女のために大金をつぎ込んだり、危ない立場に追い込まれたり、男だったらそんな危ない魅力の女性に惹かれてゆくのがよく理解でき、物語を面白くしています。

利休が死罪になってしまった経緯がよく解りました。陰に、利休や武闘派大名たちと、実務派の石田光成の派閥争いがあり、光成の巧みな策略により、生贄にされたのが解りました。利休,宗園、等伯が、心を無にして迷いや我欲を絶ち、悟りに至ろうと参禅を通じ友情を交わしていたこと、道は違ってもそれぞれの道を究めようとする共通の悟りの部分があることが解りました。

禅宗の悟りが言葉や学問知識の外にあり、教えるものでなく、座禅で邪心を捨て、心を無にすることにより、自ら悟ることだと理解したのですが、一方で心が燃えていては、悟れないこと、じゃあ火を消したらいいのかと、言えばそうとも言えない、とあり、難解で、仏教の難しさ、神秘さを感じました。できたらだれにでもわかる易しい言葉で教えを説いてほしいと、思いました。

関白殿下は亡き鶴松のために祥雲寺を建て、寺の絵を等伯に託し、子供が死んだのは利休の祟りという噂を消すため、利休に目を掛けられていた等伯に絵を描かせたのが解りました。

この絵が洋画の遠近法も用い、写実でなく西洋画の印象派のような、感じたことを大きく強調して描き、狩野派を超えたと評判をとったことも知りました、一度このお寺を訪れてみたくなりました。

朝鮮出兵は補給がうまくいかず、冬の寒さに苦しめられ、兵の半分以上を失って、実質上は敗北したことも、この本で知りました。昔も補給のことと敵方の気候風土、軍事力の調査など、あまり考えないのは、日本人の欠点なのか、先の戦争でも同じ過ちをしましたね。

夕姫と兄を悪党にしないで、時代に翻弄され精一杯生き抜いた悲劇の人とされたことが気に入りました。

鶴松や豊臣秀頼が書いてはいませんが石田光成の子という立場を作者はとっているような気がしました。

最後に等伯の長男を殺されてからの部分は史実ではなく、作者の創作と思いますが、等伯は完全に武士に戻って、久蔵殺しを宗光に力で問いただし、死を覚悟して秀吉に訴状を差し出す所は迫力満点、そして命を懸けて描いたのが、等伯の最高傑作の松林図という非常にドラマチックな物語になっています、

最後まで、手に汗握る男の物語になっていました。歴史、絵の知識、宗教のこと、等伯のことを教えられ、そして物語の血沸き肉躍る物語を堪能させてもらいました。

                  終わり