レジメ 木曽ひかる 『雪の華』  報告 岡本恵子 平成29年1月8日

【著者紹介】

 著者の木曽ひかるさんは、わが「なごやか読書クラブ」の会員で、この作品は『名古屋民主文学』Number109 に発表されたものです。


【著者の作品】

2014年10月『冬の光』
2015年 6月『月明りの公園で』民主文学新人賞受賞
2015年11月『最終章』
2016年 6月『暖簾』
2017年 4月『雪の華』
2017年11月『JK』


【『雪の華』のあらすじ】

 N市郊外の私鉄駅近くにある商店街で小さな本屋を営む明子の両親、母親は妹を産んでから体調が悪く家事をするのがやっとで店へも行けない。

 明子が店の手伝いをしている。父の自転車の後ろに乗って店から帰る途中、急に人が飛び出て来た。父が大声で叫ぶ「あぶない」、それが明子の同級生さとちゃんのお母さんだと気付く。

 幼い明子には刺激的な不安な言葉が続く、さとちゃんは転校生だった。成績はクラスで一、二番できれいな子であったが、お金が無いので本は買えないとさみしそうに言う。

 さとちゃんのお父さんは戦争で亡くなっていた。本好きなお父さんだったらしい。次の日、明子は大好きな「巌窟王」の本を貸してあげるつもりでいたが、さとちゃんは学校を休んだ。

 明子はさとちゃんの家を訪ねてみたが誰もいなかった。洗い場にいた老女に聞くと、さとちゃんのお母さんは首を絞められて殺されたと言う。

 しんとした長屋に雪が花びらのようにふりそそぎ、大きな華が咲いているかのように、明子に降りそそぐ。一度だけ見せたさとちゃんの笑顔が雪の中に浮かんだ。さとちゃんと呼んでみた。

 数日後さとちゃんは転校して行った。心配する明子。


【報告者の感想】 岡本恵子

 作者の弱い人にむけるやさしさが伝わってくる作品。その時代におきている底辺での人の生きざま、悲しさ、さみしさを感じさせてくれた。作品の中から時代背景がみえる。

 さとちゃんと明子の心の交流から、思いやり、弱者へのやさしさがにじみ出て、胸が熱くなった。

 太宰治の「津軽」から青森を連想させ、さとちゃんの父への思いが美しい文章で表現されている。

 雪が花びらのように降りそそぐ情景がとても美しく心が洗われるように感じられた。


みんなの感想】 記録&文責  安藤邦男 

・切ない話だと思った。主人公の明子に本の好きな自分を重ねながら読んだ。子供に読み聞かせをしていたことを思い出す。「巌窟王」や「三銃士」など夢中に読んだ。

・幼少のころは貸本屋でよく読んだ覚えがある。「雪の華」情景描写もいいし、ストーリー性もあり、とくに終わり方がよいと思った。明子は作者自身かなと思って読んだ。

・家族を失った子供の体験談を書いた本を読んだ。浮浪児のような生活をしていた人が結婚したが、それを家族にいえない話があったが、小説の中のさとちゃんを思い出しながら読んだ。

・戦後の苦しい生活がありありと書かれていた。明子のやさしは著者のやさしさだと思った。本筋から離れるが、皆さんの読書好き、読書量の多さなどに驚いた。

・戦後の過ごし方は世代によって違うなという感じがした。私の時代は本も無ければ、勉強もできなかった。著者の貧しい人への思いやりに感動した。素晴らしい本だった。

・著者と同じ世代で、同感するところが多い。少女の目を通した描写、とくに心理描写がうまい。題名の「雪の華」の意味が最後に明らかになり、すべてを雪が美化する終わり方がよかった。

・著者の小説の終わり方にはいつも未来への明るい展望がある。優れた自分史の作品として読んだ。読者読者の批評や感想は作者の意図を超えるが、そのほうが正しいと思う。

・前編に健気、優しさ、品位がある。紅孔雀、潮騒、パンパン、巌窟王など、時代を映し、思い出を掻きたてる言葉の巧みな設定である。短編ながら全体の構成もよい。  

・【作者より】・著者の私より深く読んで頂き感謝です。子ども時代に好きな本を借りて読んだ思い出を書きたかった。木箱の中の死体や、闇の女とかは実体験。太宰治と芥川竜之介の短編の影響を受けてこの「雪の華」を書いた。  


わたしの感想】 川地元康

 懐かしい言葉が一杯出て来ました、仕立て直し、舗装してない道路、どんどんとお尻が痛くなる自転車、父親に自転車のお尻に乗せられた事、ところどころ立つ街灯は暗い事、家々の灯りが頼りの夜の道,煮物と味噌汁の美味しそうな匂い、落ち葉の焚き火、火鉢、長屋、共同の洗い場、ゴム飛び鬼ごっこ、パンパン、ひなたぼっこ、岩窟王、空飛ぶ空想、あかぎれ、右から書かれた本など、懐かしい言葉で、貧しかった戦後の長屋の子供たちの世界が目の前に見えるようです。私に取っては、自分の子供時代をありありと思い出させてくれました。

 作者のあの時代をとらえる目や記憶の正確さ、あのころの生活に出てくる言葉が一杯出てきて、物語の情景が生き生きと描かれていました。

 さとちゃんとそのお母さんのあまりにも悲しい物語でした。お母さんは夫を失い、春を売って生計を立てようとしたみたいですね。でも男と二人っきりになる商売は非常に危険で、そのころそうした商売をする女の人は、必ずヤクザの用心棒を頼むものですが、お母さんは商売をよく知らないうちに始めたのでしょうか、まだ始めたばかりだったのでしょうか、そうだとすればあまりにも無謀で世間知らずで可哀そうでしたね。一層悲しい物語でした。

 パンパンの娘とさげすまされたさとちゃんは、ほんとに可哀そうでしたね。私もこうした貧乏長屋に居住んでいましたからよくわかります。でもパンパンと呼ばれたのは、アメリカ兵と付き合っていた人もそう呼ばれていたみたいです。

 多くの女性がアメリカ兵と結婚してアメリカへ渡って行きました。私のいた長屋では生きるのがやっとの人たちで、春を売る人、アメリカ兵と付き合う人たちを非難する人はいなかったと思います。少なくとも子供たちの世界では無かったと思います。

 ただ結核を患った人がいる家には、遊びに行かないよう注意されました。それと朝鮮の人は怒ると何をするかわから無いから、遊ばないように言われていました。

 そして暖房の無い家では、寒くて早く布団の中に入りました。眠るまでよく空想しました。やがてそれは夢と一体となり、よく空を飛ぶ夢を見ました。この本を読み、そうした事を思いだしました。       

 さとちゃんは一人っ子で、母を失い、世間の人からさげすまされ、好奇の目で見られ、ほんとに気の毒で可哀そうでした。こんな時、一人っ子は可哀そうですね。心細かっただろうと思いました。

 大好きなお父さんの故郷へ帰り、優しいお父さんのおばあちゃんとおじいちゃんだから、優しいに違いなく、田舎だから食べる物の苦労もしないと思われ、過去の事は誰も知らないところで、成績がいいから多分いじめも無いと思います。きっとそうに違い無いと、思うことにしました。

 そんな意味で作者は,本のタイトルを雪の華と付けたと思います。どんな汚い長屋でも、雪が降れば景色が一変し、綺麗で明るい世界になる様に、さとちゃんには、新しい明るい世界がやって来て欲しいとの思い。いやきっとそうに違いないとの思いが込められていると思いました。  

                     以上